「量子コンピュータ」を金融リスク管理に導入へ
ゼロスタートで研究開発プロジェクトを始動

2024.11.19

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三菱総研DCSは三菱総合研究所と共同で、金融リスク管理を主な対象として、量子コンピュータの導入に関する研究開発プロジェクトを2024年1月から実施しました。本稿では、このプロジェクトの概要と今後の展望を紹介します。

写真左から、三菱総研DCS 野口、須藤、佐藤、田村、三菱総合研究所 田中氏、三菱総研DCS 川口

金融リスク管理に関する課題

三菱総研DCSは、長年にわたり、金融システムの開発に取り組んできました。金融関連ソリューションの中でも、金融リスクの予測に要する計算量は膨大で、非常に多くの計算時間を要します。夕方から夜通しプログラムを動かし、翌日ようやく結果を得るといった状況も珍しくありません。そのため、お客様に情報を提供するまでにかかる時間の短縮が大きな課題となっています。

そこで、当社の金融・決済部門 金融事業本部は量子コンピュータに着目。川口昌彦と野口康之、田村直也、須藤研二、佐藤泰河の計5人に加え、三菱総合研究所 研究員 田中杜雄氏の参加を得て、2024年1月、金融リスク管理を対象とした量子コンピュータ導入に関する研究開発プロジェクトを立ち上げました。

金融・決済部門 金融事業本部 金融開発第3部(三菱総合研究所 金融コンサルティング本部より出向) 野口康之

プロジェクトリーダーの野口は次のように話しています。「金融リスクとは、金融資産において損失が発生する可能性のことです。金融リスクを推定するための手法としては、例えばモンテカルロ法によるシミュレーションが挙げられます。モンテカルロ法は、乱数を用いて母集団の性質を推定する方法で、金融や社会科学などの分野で複雑な事象の解明に用いられてきました。しかし近年、金融商品が高度化・複雑化しており、リスクの予測精度の向上が求められる中、計算量が増大しています。このため、計算リソースの充実・強化が喫緊の課題となっているのです。」

そこで野口らが着目したのが、近年実用化に向けて研究開発が加速している量子コンピュータです。

金融・決済部門 金融事業本部 金融開発第3部 佐藤泰河

佐藤はこう話しています。「私たちが注目したのは、2019年に発表された米Google社の成果でした。同社が開発した量子コンピュータ『Sycamore(シカモア)』が量子超越性を達成したという一報です。量子超越性とは、古典コンピュータ(従来のコンピュータ)よりも量子コンピュータの方が速く問題を解けることを指します。この証明に使われた問題は量子コンピュータが最大限に強みを発揮する特殊なもので、実用的な問題が解けるようになるにはまだまだ時間を要することが後に明らかになりましたが、私としては、このニュースに量子コンピュータの可能性を強く感じました。」

金融・決済部門 金融事業本部
金融開発第3部 川口昌彦

プロジェクトマネージャーの川口は、「金融領域で量子コンピュータを使って計算量を大幅に減らせると期待されているのが『VaR(バリュー・アット・リスク)』の推定です。そこで、まずは勉強会を始めようということになりました」とプロジェクトがスタートしたきっかけを述べました。VaRとは、現在保有している資産(ポートフォリオ)において、保有している期間中、一定の確率で発生し得る最大損失額のことです。

そもそも「量子コンピュータ」とは?

そもそも量子コンピュータとはどのようなコンピュータなのか。ここでその概要を簡単に紹介しておきましょう。

量子コンピュータとは量子力学の性質を利用したコンピュータで、古典コンピュータとは計算原理がまったく異なります。古典コンピュータでは「ビット」と呼ばれる情報の最小単位を使って計算します。ビットは0か1のいずれかの情報しか保有できません。

一方、量子コンピュータの情報の最小単位は「量子ビット(Qbit=キュービット)」と呼ばれます。量子ビットは0と1という2つの情報を同時に保有することができます。これを「重ね合わせの状態」と呼びます。量子力学において物質は粒子と波の性質を併せ持つこと、観測(測定)をした瞬間に状態が決まるという性質があるために生じる特徴です。

重ね合わせの状態に加え、量子コンピュータでは「量子もつれ」も重要です。量子もつれとは、2つの粒子の間の特殊な関係のことを指します。量子もつれの関係にある量子は、一方の状態が確定すると、その瞬間に離れた場所にあるもう一方の状態も確定するという不思議な性質があります。

量子コンピュータでは、量子もつれにより互いに結びついた量子ビットの個数が増えるほど高性能化できると考えられています。この重ね合わせの状態と量子もつれを利用することで、量子コンピュータは古典コンピュータに比べてより少ない時間で計算結果を導き出すことができるのです。
                    古典コンピュータの計算方法
                    量子コンピュータの計算方法

3段階に分けて研究開発プロジェクトを実施

当社では、量子コンピュータに知見がある三菱総合研究所 研究員 田中氏の協力のもと、量子コンピュータの将来的な導入を見据えた研究開発プロジェクトを、次のような3段階のプロセスで開始しました。
第1段階:量子コンピュータと量子アルゴリズムに関する基礎知識の習得
第2段階:VaRに関する量子アルゴリズムの習得
第3段階:クラウドサービスによる量子コンピュータを使った量子アルゴリズムの実装と実行、検証

「第1段階では、量子コンピュータに関する書籍・資料の抄読会から開始しました。ここでは、量子コンピュータに関する基礎知識の習得と、量子コンピュータを動作させるための量子アルゴリズムの理解を目指しました」(野口)

量子コンピュータにおける計算では、重ね合わせの状態にある複数の選択肢から1つの正解を選び出す操作が必要です。この量子コンピュータならではの計算手法を量子アルゴリズムと呼びます。

「金融リスク管理に有用な量子アルゴリズムとして、データベースを高速に検索できる『グローバーのアルゴリズム』、量子ビットの状態を推定する『量子位相推定アルゴリズム』・『量子振幅推定アルゴリズム』の3つをピックアップし、メンバー全員がこれらを理解してコーディングができるようになることを目指しました」(川口)

株式会社三菱総合研究所 医療・介護DX本部 医療・介護DXコンサルティンググループ 研究員 田中杜雄 氏

次の第2段階では、VaRの推定に関する量子アルゴリズムの論文調査と技術調査を実施しました。「古典コンピュータを用いた金融リスク管理ではモンテカルロ法などを使い、金融商品のプライシングやリスク管理を行っています。一方、量子コンピュータでは高速シミュレーションが可能な量子モンテカルロシミュレーションなどが考案されており、その習得と量子アルゴリズム開発に努めました」(田中氏)

そして、第3段階では、第2段階で開発した量子アルゴリズムの実装を進めています。「我々の最終目的は、量子コンピュータの理解ではなく、お客様にソリューションを提供することです。そのため、量子コンピュータに量子アルゴリズムを実装し、計算結果を得る必要があると考えました」(野口)

                      研究開発プロジェクトの概要

現在、IBM社やマイクロソフト社が量子コンピュータを利用できるクラウドサービスを提供しており、当社でもこれらを利用しています。

金融・決済部門 金融事業本部 金融開発第3部 須藤研二

「今回はマイクロソフト社の『Azure Quantum』という量子コンピュータのクラウドサービスを利用しています。実際にクラウドを介して量子コンピュータによる計算結果が得られたときには、『量子コンピュータが手の届くところにある』と思い、より量子コンピュータの可能性を感じました。」(須藤)と実感を述べています。

量子コンピュータの実用化に備える

2024年1月に着手した研究開発プロジェクト。メンバーがどのようなビジョンや思いを描いてきたかを聞いてみました。

金融・決済部門 金融事業本部 金融開発第2部 田村直也

田村は、「古典コンピュータでは越えることができなかった計算量の壁を、量子コンピュータによって乗り越えることができれば、金融リスクの判定精度を大幅に向上させることができると期待しています。このことが金融領域で量子コンピュータを導入する最大のメリットであると捉えています」と述べています。

須藤は、「金融リスク管理に量子コンピュータを利用することで、情報提供が迅速になれば、お客様の業務効率化が実現します。また、計算可能な領域が広がることで、新たなビジネスの創出も期待できそうです」という。佐藤も「今後は金融商品のプライシングやポートフォリオの最適化など金融リスク管理以外にも適用範囲を広げることで、多角的にお客様を支援できると考えています」と期待を込めていました。

ただし、量子コンピュータの実用化に向けては未だに課題が多く、安定的な商用化に向けて世界中で研究が行われています。特に大きな課題が「量子誤り訂正」です。

量子コンピュータでは、重ね合わせの状態や量子もつれを維持したまま計算を行う必要がありますが、これらは周囲の環境の影響に対して弱く、すぐに状態が壊れてしまいます。古典コンピュータでは電磁気や温度などの環境による影響を回避するため、「誤り訂正」が行われています。量子コンピュータにおいても誤り訂正が不可欠です。

しかも、量子コンピュータ特有の「量子誤り訂正」を実装するには、現在考えられている手法では量子ビット数を大幅に増やす必要があります。実用的な問題を解けるようにするには、数千~数万以上の量子ビットが必要と考えられています。現在、開発されている量子コンピュータの実現方式は多種多様ですが、いずれも実用的な量子ビット数には遠く及びません。

また、どんな問題でも古典コンピュータよりも高速に解けるわけではありません。量子コンピュータの性能を引き出せるよう、量子コンピュータと古典コンピュータを組み合わせた「量子古典ハイブリッド計算方式」が検討されており、Google社やIBM社が早期実用化に向け、研究開発を進めています。

                      量子古典ハイブリッドの活用例

「今のところ、量子コンピュータはお客様に提供するソリューションの選択肢の1つと捉えています。とはいえ、量子コンピュータの進化はめざましいので、無視することはできません。他の技術と共に準備をしておくことが大切です」と川口は指摘しています。

「お客様に対して最適な選択肢を提供することに意義があります。今後も引き続き、AI(人工知能)や量子コンピュータなど、最先端の情報処理技術に関する動向をキャッチアップしていきます」(田中氏)。

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