社労士

コラム

「最低賃金の全国平均1,177円へ引上げ 未払賃金への監督指導や36協定運用見直しの動向も」
「新入社員の孤独感とメンタルヘルス対策が重要に」等、
人事労務関連レポート2026年10月号

2026年10月

本号では最低賃金の大幅引上げや未払賃金に対する監督指導の状況、新入社員の孤独感とメンタルヘルス対策、36協定に関する行政運用の見直し、社会保険適用拡大の対応動向など、人事労務担当者が押さえておきたい最新情報を解説する。

◆トピックス

最低賃金引上げの現状と企業が直面する課題

 高市政権において最低賃金の全国平均1,500円の達成時期を「遅くとも2030年代前半できる限り早期に」と目標に掲げており、令和8年度においても最低賃金の大幅な引き上げが継続的に実施されている。
 令和8年10月1日から、地域別最低賃金の全国加重平均は1,177円となる。これは令和7年度の1,121円から56円の引き上げとなるものである。過去最大の引き上げとなった令和7年度の66円と比較すると引き上げ幅は縮小したものの、国が示した目安である55円を上回る結果となった。

令和8年度地域別最低賃金額改定の引上げ額の目安

区分 対象都道府県 金額
A 埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪 54円
B 北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、富山、石川、福井、山梨、長野、岐阜、静岡、三重、滋賀、京都、兵庫、奈良、和歌山、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、福岡 56円
C 青森、岩手、秋田、山形、鳥取、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄 56円

 【出典】厚生労働省 令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_74920.html

 東京都の1,280円が最高、宮崎県の1,085円が最低となり、その差は195円と、令和7年度の203円地域間格差は改善傾向から縮小した。最高額に対する最低額の割合も84.8%と12年連続で上昇しており、地域間格差は改善傾向にある。
 一方、最低賃金の引き上げによる企業経営や雇用への影響も懸念される。特に地方では、賃金水準の高い隣県への労働力流出による人手不足の深刻化が指摘される一方で、最低賃金の低い地域へ企業が移転するケースもあり、地域間格差が必ずしも一方的な労働力流出につながるとは限らない。最低賃金の引き上げに伴い賃金改定が必要となる労働者の割合を示す「影響率」(都道府県別)は、従来の20%前後から直近では30~40%程度まで上昇しており、特に零細企業や地方で高くなっている。今後も大幅な引き上げが続けば、事業継続や雇用維持への影響が一層大きくなることが懸念される。
 こうした中、中小企業団体からは、最低賃金の引上げを賃上げ促進のための重要な経済政策として位置づけることへの疑問も示されている。本来、最低賃金は「労働者の生計費」「類似の労働者の賃金」「通常の事業の賃金支払能力」の3要素を十分に考慮して決定されるべきであるという主張は、今日の中小企業を取り巻く状況からみても重要な指摘といえる。
 また、中小企業団体からは、政府による中小企業の賃上げ支援策の充実を求める声も上がっている。政府は、「業務改善助成金」「ものづくり補助金」「省力化投資補助金」等の助成金・補助金による支援措置を講じているが、特に人手不足が深刻なエッセンシャル産業については、重点的な支援の実施が求められている。
 今後、最低賃金の影響率が5割に近づけば、雇用維持が困難となることも想定される。労働者の処遇改善だけでなく、中小・零細企業の事業継続や雇用への影響も十分に考慮し、必要な支援策と併せて最低賃金を決定していくことが求められる。

賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和7年)を公表

 厚生労働省は、令和7年に賃金不払が疑われる事業場に対して労働基準監督署が実施した監督指導(立入調査)の結果を公表した。始業直前や終業直後の15分間の労働時間管理や固定残業代制度の不適切運用、時間外および深夜労働の割増賃金未支払いが問題となった。適正な労働時間把握と賃金支払いの徹底を求め、違反企業には書類送検や是正勧告を行っている。

監督指導結果のポイント

1 令和7年に全国の労働基準監督署で取り扱った賃金不払事案の件数、対象労働者数及び金額は以下のとおりです。(※1,2)
 ⑴ 件数 22,605件(前年比251件増)
 ⑵ 対象労働者数 173,016人(同12,181人減)
 ⑶ 金額 128億5,782万円(同43億5,331万円減)
2 労働基準監督署が取り扱った賃金不払事案(上記1)のうち、令和7年中に、労働基準監督署の指導により使用者が賃金を支払い、解決されたものの状況は以下のとおりです。(※3)
 ⑴ 件数 21,731件(96.1%)
 ⑵ 対象労働者数 167,828人(97.0%)
 ⑶ 金額 109億9,703万円(85.5%)

※1 令和7年中に解決せず、事案が翌年に繰り越しになったものも含まれます。
※2 倒産、事業主の行方不明により賃金が支払われなかったものも含まれます。
※3 不払賃金が一部のみ支払われたものも含まれます。

 【出典】厚生労働省 賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和7年)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/chingin-c_r07.html

 全国の労働基準監督署が取り扱った賃金不払事案件数の業種別内訳は、商業4,701件(20.8%)、製造業4,370件(19.3%)、保健衛生業3,620件(16.0%)となっていますが、上位3業種とその順位は、令和4年から4年連続で変化していない。

<監督署による送検事例(令和7年)>

事例1 労働者7名に定期賃金の全額を支払わなかった疑い

 労働者から定期賃金の全額不払であるとの相談を受け、労働基準監督署が立入調査を実施したところ、定期賃金の全額が所定支払日に支払われていなかったことを確認したため是正勧告したものの、その後是正が図られなかったことから捜査を行い、その結果、労働者7名に対し、定期賃金の全額(約130万円)を所定支払日に払っていなかった疑いで、書類送検を行った。

◆被疑事実 事業場(法人)及び事業主について
  定期賃金を所定支払日に全額支払っていなかったこと

◆送検条文 最低賃金法第4条第1項

※賃金を全く支払っていない場合には、労働基準法第24条違反(定期賃金不払)と最低賃金法第4条違反(最低賃金を下回る支払)の両方に該当するが、特別法に当たる最低賃金法第4条違反により送検している。

事例2 時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金を支払わなかった疑い

 労働者から時間外労働や深夜労働に対する割増賃金が支払われないとの相談を受け、労働基準監督署が立入調査を実施したところ、時間外労働の一部及び深夜労働の全部の割増賃金が支払われていなかったことを確認したため是正勧告したものの、その後是正が図られなかったことから捜査を行い、その結果、労働者2名分の時間外・深夜労働に係る割増賃金(約12万円)の未払い容疑により書類送検した。

◆被疑事実 事業場(法人)及び事業主について
  時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金を支払っていなかったこと

◆送検条文 労働基準法第37条第1項、第4項
(時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金の未払い)

新入社員の早期離職・メンタルヘルス不調を防ぐ「相談しやすい職場つくり」

 近年、多くの企業において「新入社員の早期離職」や「メンタルヘルス不調による休業・退職」が問題となっている。
 株式会社マイナビが2026年卒の新入社員に対して実施した「新入社員の孤独感に関する実態調査」によると、「孤独感を感じたことがある」という回答は新入社員の約2割。また、「孤独を感じている人」は、「孤独を感じていない人」と比較すると、「働き甲斐を感じている人」が23.9pt低く、人間関係に関する不安や悩みを抱える傾向にあり、現在の会社での勤続意向が低くなっていることが報告されている。

  孤独を感じている人 孤独を感じていない人
働き甲斐がある 59.7% 83.6%
対人関係の不安や悩み
(最多の回答)
業務中、忙しそうで質問しづらい(43.5%) とくに人間関係の悩みはない(48.1%)
現在の職場での勤続意向
(最多の回答)
3年以内(41.6%) 10年以上(31.1%)

 【出典】マイナビ マイナビ転職「新入社員の孤独感に関する実態調査」を発表
https://www.mynavi.jp/news/2026/08/post_54365.html

 一方で、厚生労働省が8月に公表した令和7年「労働安全衛生調査(実態調査)」では、メンタルヘルス不調により1か月以上休業した従業員や退職した従業員がいた事業所の割合が13.5%となり、前年に比べて0.7pt増加していることがわかりました。現在の仕事や職場に関して強いストレスと感じる事柄がある労働者の割合は67.5%となっており、その内容は「仕事の量」「仕事の失敗、責任の発生」が最も多く39.5%、次いで多いのが「対人関係」の32.9%でした。厚生労働省は調査結果を踏まえ、上司や先輩による相談対応や面談の重要性を指摘しています。
 これら2つの問題は、一見すると別々の問題のように見えます。しかし、新入社員の早期離職とメンタルヘルス不調による休業・退職という2つの課題には「問題が大きくなる前に相談できる環境」を整えることが求められている、という共通点があります。
 相談しやすい職場づくりは、人材定着と心身の健康を支えるだけでなく、組織全体の成長を支える重要な基盤となるのです。

「残業時間45時間以内」一律抑制指導の見直し

 日本成長戦略2026および経済財政運営と改革の基本方針2026において、2026年9月1日から全国の働き方改革推進支援センターと労働基準監督署の対応を見直す。法律上の残業時間の上限そのものの変更はなく、残業時間の数字だけで判断するのではなく、労使が36協定で合意した健康確保措置の実施状況を重視する方向へ運用を見直すとともに、中小企業向けの相談・支援体制を強化することとなる。

<見直し強化>

1.36協定に関する相談・支援を強化

  • 全国の働き方改革推進支援センターに、36協定や特別条項、柔軟な労働時間制度に関する専門相談窓口を設置。
  • 支援センターと労働基準監督署が連携し、企業を訪問して36協定締結などを支援するアウトリーチ型支援を実施。
  • よろず支援拠点や商工会議所との連携を強化し、労務管理だけでなく経営課題も含めた相談対応を行う。

2.労働基準監督署の指導方針を見直し

  • 時間外労働が月45時間を超えていることだけを理由に一律に削減を求める指導を見直す。
  • 今後は、36協定で定める労働者の健康・福祉確保措置が適切に実施されているかを重点的に確認し、その状況に応じて指導を行う。
  • ただし、過重労働による健康障害のリスクが高い場合は、引き続き必要な指導を実施する。

<企業対応>

 指導の重点が「時間数」から「健康確保措置の実施状況」となることで、今まで以上に以下の点が重要。

  • 医師による面接指導の実施体制
  • 勤務間インターバルの確保
  • 代償休日、特別休暇の付与
  • 産業医、産業保健スタッフによるフォロー

「社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査」結果について

 独立行政法人 労働政策研究・研修機構は、「社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査」及び「働き方に関するアンケート調査」の結果を発表した。
 2024年10月(51人~100人)の適用拡大では「できるだけ適用する」方針で調整した企業が6割となり、社会保険に加入した者が回避した者を上回る結果となった。社会保険に加入した主な理由としては「将来の年金額を増やしたい」が30.4%と最多の結果となっている。

【短時間労働者の働き方の変化】

 51~100人規模の企業で働く短時間労働者のうち、16.8%が社会保険に加入しており、働き方にも変化が見られた。加入にあたっては、労働時間を延長した人(3.4%)や、労働時間を変えずに加入した人(13.4%)がいる一方で、適用を避けるために労働時間を短縮した人(10.9%)もみられた。また、約3割が今後の働き方を検討している状況である。
 社会保険加入の主な理由は、将来の年金額の増加、労働時間の拡大、保険料負担の軽減であった。

【企業の対応状況】

 社会保険適用拡大に伴う雇用・労務管理の見直しを行った(行う)企業は、51~100人企業で38.2%、101~500人企業で32.7%、501人以上企業で19.6%であった。

【見直し内容の特徴】

 51~500人企業では、社会保険適用を進めるために労働時間を延長する対応が6割超と最も多くみられた。一方、501人以上企業では、適用対象となることを避けるために労働時間を短縮する対応が8割を占めており、企業規模によって対応傾向に違いがみられた。

 【出典】独立行政法人 労働政策研究・研修機構 「社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査」(企業郵送調査)及び「働き方に関するアンケート調査」(労働者Web調査)結果
https://www.jil.go.jp/press/documents/20250908.pdf