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コラム

転勤に係る処遇見直しのポイント

2025年11月

澤田 光晴(さわだ みつはる) 写真

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット

HR第2部澤田 光晴

新卒で三菱UFJリサーチ&コンサルティングに入社し、主に中堅・中小企業を中心とした基幹人事制度構築などのプロジェクトに従事。

 転勤(※1)に対する社員の抵抗感が高まり、転勤拒否や転勤が原因での離職が増加している――このような状況に直面している企業は多いのではないだろうか。近年、こうした状況の解決のため、金融業や建設業のような転勤が多いといわれる業種をはじめとして、転勤に係る処遇制度(以下、転勤処遇(※2)を見直したというニュースが増えている。これは、「多様な働き方の実現」や「キャリア自律」という考え方の浸透を背景に、働く場所や時間など、働き方に対する社員の意識が変わりつつあることの証左といえる。雇用が流動化し人材不足が騒がれる中、従来のような「社員は会社命令による異動に応じるもの」、という企業優位の人材マネジメントが成り立たなくなりつつあるのだ。本コラムでは、こうした変化の中で、転勤の在り方をどのように見直していくべきか、特に給与面に着目して、そのポイントについて紹介する。

1:本コラムにおいて、転勤とは転居を伴う配置変更を指す
2:転勤処遇とは、転勤によって変動する給与や昇格、昇進などの待遇全般を指す

転勤処遇見直しのポイント

 転勤処遇の見直しは、どのように進めるべきだろうか。以下に、推奨する見直しのステップを紹介する。

STEP1:人事異動に対する考え方の明確化

 転勤処遇は、自社が目指す人事異動の在り方や、人事異動に対する社員の意識変容を実現していくためにどうあるべきか、という観点で検討を進めることが肝要である。そのために、以下のような点について、自社の現状や今後の方向性を整理するところから始めるのが良いだろう。

  • 事業戦略を実現していく上で求められるのはどのような人材か
  • その人材の育成のために人事異動は必要か。また、その理由は
  • 人事異動のうち、転勤は必要か
  • 全社員に対して転勤をキャリア形成の前提として浸透させたいか、または一部の社員に限定した特別な措置としたいか(転勤に対する社員の価値観をどう変化させていきたいか)

STEP2:軸となる処遇方法の検討

 STEP1で整理した考え方に基づき、その実現に資する処遇方法の検討が次のステップである。給与に大きく影響する転勤処遇には、一般的に、大きく分けて以下の2種類が挙げられる。

① 転勤可否に応じて報酬差を形成する仕組み
② 転勤の発生により報酬差を形成する仕組み

 これら①と②のどちらに軸足を置くのか判断する際、どのような目的で何に対して差を設けたいのか、明確にしておくことが肝要である。ただし、いずれか一方だけを選択しなければならないわけではなく、人件費への影響を考慮しつつ、それぞれの要素を組み合わせることも効果的といえる。

【図表1】転勤処遇の類型とその特徴

①転勤可否に応じて報酬差を形成する仕組み ②転勤の発生により報酬差を形成する仕組み
処遇対象 転勤可能と意思表示した社員 転勤を実際にした社員
企業目線での
制度の狙い
  • 転勤可能な人材の可視化
  • 転勤なしを確約したコースがあることによる採用競争力の強化
  • 転勤に起因する離職抑制
  • 各職種の転勤可能性の違いに対する公平性の担保
  • 転勤への外発的動機付け
  • 経済負担緩和による転勤への抵抗感の低減
  • (一時金支給の場合)手当より人件費影響を抑制
処遇方法 対象者と非対象者をコースで区分し、前者の基本給を高く設定 転勤者に対して、転勤の期間について毎月手当を支給 転勤者に対して、一時金を支給
報酬の位置付け
  • 転勤可能であることに対するインセンティブ
  • いつ辞令が発されるか分からないという精神的負担への補償
  • 転勤をしたことに対するインセンティブ
  • 生活費などの経済的負担の軽減
  • 転勤をすることに対するインセンティブ
  • 支度金などの経済的負担の軽減(実費弁償的な位置付け)
相性の良い企業特性
  • 広い地域に拠点を有し、現地採用が戦略上重要
  • 職種によらず転勤が発生する
  • 転勤が定期的に発生する
  • 機能別に拠点が分かれているが故に職種ごとに転勤可能性にばらつきがある
  • どのような企業とも適合
検討論点(例)
  • 管理職への適用是非
  • 転勤打診を拒否した社員への対応
    • 懲戒/賃金返還/コース転換 など
  • コース転換要件
  • コース転換せずに転勤を免除する制度の導入是非
  • 基本給差額の程度
  • 転勤者の選定方法
    • 異動運用円滑化のため、転勤可否や希望エリアの意見収集を別途実施することを推奨
  • 転勤免除制度の導入是非
  • 手当額水準
  • 手当の支給期間
  • 転勤者の選定方法
  • 一時金額水準
    • インセンティブとしての水準

STEP3:補完する施策の検討

 転勤に対する忌避感を軽減するための施策が十分であるかについても、検討しておくと良いだろう。検討においては、「どの対象に対して施策を講じるべきか(どこの不公平を解消するか)」、という観点が重要といえる。単身赴任者への単身赴任手当や帰省旅費の支給はその代表的な例といえ、近年、支給額を引き上げるなど、制度を拡充する動きも散見される。その他には、住居に係る施策も効果的といえる。

【図表2】転勤処遇に関するその他の施策例(対象者別)

対象 施策例 概要 目的
転勤者全員 借り上げ社宅
  • 転勤者の住居については借り上げ社宅を適用
  • 転勤に伴う不動産契約などの手続きや費用の負担軽減
単身赴任者 単身赴任手当
  • 単身赴任者に対して毎月手当を支給
  • 二重生活となることによる経済的負荷の軽減
  • 家族と離れることによる精神的負荷への補償
帰省旅費
  • 単身赴任者が自宅へ帰省する際の交通費を支給
  • 転勤に起因する経済的負荷(交通費)の軽減
自宅を有する転勤者 持ち家手当
  • 自宅を保有している転勤者に毎月手当を支給
  • ローン支払いと転勤先の家賃支払いによる経済的負荷の軽減
空き家管理
サービス利用
  • 外部の空き家管理サービスを福利厚生として契約
  • 空き家の維持管理に係る負担を軽減

まとめ

 今回は給与面に着目したポイントを紹介したが、転勤処遇の見直しは、決してこうした金銭的な話にとどまるものではない。社員の転勤に対する抵抗感は、転勤期間の長期化やキャリア形成への不安など、多岐にわたる。「転勤をどのような位置付けで活用していきたいのか、そのために社員の価値観をどう変容させていきたいのか」など、会社としての転勤の方向性を考えた上で、実現の手段を考えてもらいたい。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルティング事業本部
組織人事ビジネスユニット

HR第2部澤田 光晴(さわだ みつはる)

  • 経歴

    新卒で三菱UFJリサーチ&コンサルティングに入社し、主に中堅・中小企業を中心とした基幹人事制度構築などのプロジェクトに従事。

  • プロジェクト実績

    基幹人事制度(等級制度・報酬制度・評価制度)構築
    定年延長、再雇用制度構築
    評価者研修の企画・実施 等

  • 専門領域

    組織人事領域全般、特に基幹人事制度設計。