社労士

コラム

「最低賃金過去最大の引き上げ」
「年末調整における控除額の変更」等、
人事労務関連レポート2025年10月号

2025年10月

最低賃金の引き上げ動向、年末調整における控除額の変更、事業場外みなし労働時間制の適用などについて解説する。

トピックス

差し戻し審で「事業場外みなし労働時間制」の適用は一部妥当との判断

 「事業場外みなし労働時間制」(以下、「みなし労働」)の適用は不当だとして、外国人技能実習生の指導員が元勤務先に残業代の支払いを求めた訴訟の差し戻し審判決で、福岡高裁は外勤日に限り勤務先が労働時間を把握するのは困難だったとしてその適用を妥当だと判断し、約29万円の支払いを命じた一審判決から約22万円に減額する判決を言い渡しました。最高裁は昨年、一審判決を支持して適用を否定した二審判決を破棄し審理を差し戻す判決を言い渡しており、その後の裁判が注目されていたところです。
 原告の女性は、技能実習生の受け入れ窓口となる「監理団体」で外国人技能実習生の指導員として勤務し、業務は実習生の生活指導やトラブル対応など多岐にわたり、自らスケジュールを管理し、直行直帰も可能で、携帯電話貸与はありましたが、具体的に指示を受けたり報告したりすることはありませんでした。なお、タイムカードによる管理はなかったものの、始業・終業時間などを記した業務日報を団体に提出していました。団体側は労働時間の算定は困難だとしてみなし労働を適用し所定の賃金を支払っていましたが、女性はこれを不当だとして、未払残業代の支払いなどを求めて提訴しました。本裁判(協同組合グローブ事件)の流れは下表の通りです。

争点:「労働時間が算定しがたいとき」にあたるか
第一審
(地裁)
× 業務日報は比較的詳細で、疑問があれば確認もできた
⇒みなし適用を否定(今までの判例の流れと同様)。団体側に未払い賃金約29万円の支払いを命じた
第二審
(高裁)
第三審
(最高裁)
勤務状況の把握は容易とは言いがたく、日報の正確性を担保する事情の検討が不十分
⇒さらに審理が必要として破棄差戻し
差し戻し審
(高裁)
一部〇 日報は正確性が客観的に担保されていないと判断、勤務先が労働時間を把握できた内勤業務日など以外は「労働時間の算定が困難な場合」に該当する
⇒みなし適用を一部妥当と判断。支払額を約22万円に減額

 みなし労働の適用にあたっては、「阪急トラベルサポート残業代等請求事件」(最高裁第二小法廷平成26.1.24)を始めとする複数の判例があります。情報通信機器の発達もあり、「労働時間の算定が困難とはいえない」としてみなし労働を否定する流れだったところ、今回の裁判では部分的ではあるものの、みなし労働の適用が肯定される新しい動きとなりました。第三審(最高裁)における補足意見が参考になります。
「労働時間の算定が困難な場合」に該当するか否かは、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮して判断するという阪急トラベルサポート残業代等請求事件からの流れは今後も参考となると考えられる。ただし、外勤や出張等のみならず、テレワーク等、事業場外労働の在り方が多様化していることから、定型的に判断することは一層難しくなってきている。上記の考慮要素を十分に踏まえつつも、個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく必要があるものと考える。
 今回の差し戻し審は、まさに考慮要素を十分に踏まえつつも、具体的な事情に的確に着目した上で、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行ったといえます。日報があれば労働時間が把握できるのでみなし労働が適用できない、携帯電話を貸与していて随時連絡可能だからみなし労働は適用できないなどと一律に考えるものではなく、逆にいかなる場合もみなし労働の適用が肯定されるわけではないということです。みなし労働を適用している会社様、導入しようとしている会社様は適切な運用ができるように点検をしましょう。

  • 「労働時間の算定が困難な場合」に該当する業務といえるか?該当しない業務にも一律で適用していないか?
  • 使用者の指揮命令が及ばず、本人に裁量があるといえる状況か?
  • 通常必要時間とみなした時間が実態とかけ離れていないか?(かけ離れていると訴訟リスクになり得る)

最低賃金 過去最大の引き上げ 全都道府県で1,000円突破

 全ての都道府県で地域別最低賃金の答申がなされ、令和7年度の最低賃金が決定しました。全国加重平均額は、昨年度より66円高い1,121円となり、昨年度に続き過去最大の引上げとなりました。発効日は都道府県ごとに10月1日以降に予定されていますが、今年は準備期間を確保するため発効日を遅らせる動きが相次ぎ、制度が始まって以来初となる年を越える県が生じることも注目すべき点です(6県)。

地域別最低賃金の全国一覧|厚生労働省

都道府県 最低賃金 効力発生日(予定) 都道府県 最低賃金 効力発生日(予定)
東京都 1,226円 令和7年10月3日 茨城県 1,074円 令和7年10月12日
埼玉県 1,141円 令和7年11月1日 栃木県 1,068円 令和7年10月1日
千葉県 1,140円 令和7年10月3日 群馬県 1,063円 令和8年3月1日
神奈川県 1,225円 令和7年10月4日 山梨県 1,052円 令和7年12月1日

 最低賃金はパートやアルバイトなどの時給者だけのものと思っていませんか?日給者や月給者にも適用されることをご存じでしょうか。日給者や月給者についても最低賃金を下回っていないか、点検は必須です。計算方法は次の通りですが、詳細はこちら(最低賃金額以上かどうかを確認する方法|厚生労働省)をご参照ください。
【日給の時間額】日給÷1日の所定労働時間【月給の時間額】月給÷1箇月平均所定労働時間
 なお、最低賃金の対象となる賃金はこちら(最低賃金の対象となる賃金|厚生労働省)で確認できますが、基本給の中に固定残業代を含む場合は固定残業代を除いて時間額を算出しますので特にご注意ください。

同一労働同一賃金のガイドライン見直しへ

 厚生労働省は令和7年8月8日の労働政策審議会部会で、「同一労働同一賃金」について、事業主が守るべきガイドライン(指針)を見直す方針を示しました。当部会では、待遇面について労使の話し合いの参考となるものは「同一労働同一賃金ガイドライン」であり、これまで重要な指針として活用されているとしています。厚生労働省の実施した「賃金構造基本統計調査」「毎月勤労統計調査」を基にした結果からもフルタイムで働く正社員・正職員とそれ以外の労働者との賃金格差は縮小傾向に向かっていることが見て取れます。
https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/001535155.pdf
 しかし、パート・有期法が施行され、同ガイドラインが策定されてから5年が経過しており、さらなる待遇の是正に向けてアップデートの必要性があることも当部会では言及されました。アップデートの論点としては、パート・有期法が施行された後に出た判例などを踏まえた見直しや、ガイドラインに記載されていないもの(退職手当、住宅手当、家族手当)の追加などが挙げられています。また他にも、フルタイム労働者は無期転換権を行使した途端、パート・有期法の適用対象外となることや、正社員が多重構造になっていくことで正社員の中で比較的待遇の低い人たちと、パート・有期の人たちが比較され、待遇改善につながらないことについても言及されました。最近では令和7年7月30日に東京地裁で、契約社員から正社員登用されたバス運転手が、元々の正社員とは別コースで処遇されることなどを不服として訴えた裁判において、同社では元々いた正社員と契約社員から登用した正社員との間で、基本給や手当、退職金の違いを設けていましたが、正社員登用後の労働者は有期・短時間労働者に当たらないと指摘し、パート・有期法第8条・9条、旧労契法第20条は適用されないとして請求は棄却されました。ガイドラインの見直しが進むことでこれまで対象外となっていた労働者へ波及することも考えられ、今後の動向には注意が必要です。
 また、6月のコラムにて、「都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況について」より、令和4年及び5年の労働基準監督署の是正件数の推移が「不合理な待遇の禁止」は144件から2,596件に、「賃金の均衡待遇」は128件から801件にと、増加の幅が大きくなっていると取り上げましたが、令和7年7月に公表された令和6年の件数はそれぞれ3,653件・905件と更に増えており同一労働同一賃金について継続的な見直しを行っていくことは、どの会社様にとっても必要なことであると言えます。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001544795.pdf

厚生年金加入漏れ97万人

 厚生年金に加入する要件を満たしながら、国民年金にしか加入していない人が令和5年時点で約97万人に上ることが、厚生労働省の推計で分かりました。背景には雇用する事業者が保険料負担を逃れようと、手続きをしないケースが後を絶たないとみられます。厚生労働省などは対策を進め9年で半減しましたが、依然として加入していない人が多い現状が明らかになりました。厚生年金は現在、全ての法人事業所と従業員5人以上の個人事業所(一部業種を除く)に加入義務があります。将来の年金受給額を手厚くするため、政府はパートタイム労働者など短時間労働者の加入対象を拡大しており、今年6月成立の年金制度改革法では、企業規模要件(従業員数51人以上)と年収要件(106万円以上)の撤廃が決まりました。年収要件は、全国の最低賃金の引上げの状況を見極め3年以内に廃止されます。また、企業規模要件は10年かけて段階的に対象の企業を拡大します。
 厚生年金への適切な加入は、従業員の将来の生活を守るだけでなく、法令遵守の観点からも非常に重要です。加入要件を満たしているにも関わらず手続きを行っていない場合、是正指導や罰則の対象となる可能性があります。未加入のままになっている従業員がいないか、今一度ご確認ください。

令和7年度年末調整における控除額の変更について

 令和7年度の年末調整では、物価高に対応した基礎控除や給与所得控除の拡充、学生アルバイト世代への配慮を盛り込んだ新たな控除制度が導入されます。主な変更点は次の通りです。

(1)基礎控除の見直し

  • 合計所得金額に応じて基礎控除額が変動する仕組みに改正。
  • 合計所得金額132万円以下(給与収入約200万円以下)であれば95万円が控除。

(2)給与所得控除の最低保証額引き上げ

  • 給与所得控除の最低額が55万円から65万円へ引き上げ。

(3)「特定親族特別控除」の新設

  • 19〜22歳の大学生アルバイト等を対象とした新制度。
  • これまでは子供の給与収入が103万円以下であれば「特定扶養控除」を受けることができましたが、
    本制度により給与収入188万円以下であれば控除が受けられるようになります(注)。

 年末調整は年々複雑化しており、従業員が内容を正しく理解して申告に記入するのが難しくなっています。年末調整のクラウドサービスを導入すると画面に従って入力項目に必要な情報を入力するだけでよく、入力された年収額から自動計算して控除額が表示されるため、安心して申告手続きができるようになります。紙の会社様はクラウドサービスへの切替えをご検討ください。
 注:給与収入150万円以下であれば63万円、以降は188万円まで段階的に減少(最低3万円)

採用にも企業イメージにも効く!ユースエール認定制度

 若者の就職支援と中小企業(常時雇用する労働者が300人以下の事業主)の人材確保を目的に、厚生労働省が推進しているのが「ユースエール認定制度」です。この制度は、若者の採用・育成に積極的で、労働環境が優良な中小企業を認定し、様々な支援を行うものです。直近3事業年度において若者の離職率が低いことや、残業時間が少なく、有給休暇の取得が進んでいることなどが認定の条件となっています。認定を受けた企業には、ハローワークでの重点的なPRや、認定企業限定の就職面接会への参加、公共調達での加点評価など、さまざまなメリットがあります。また、認定マークを活用することで、「若者が安心して働ける企業」としてのイメージ向上にもつながります。若者の早期離職が課題となる中、ユースエール認定は、企業にとっても若者にとっても有益な制度です。制度を通じて働きやすい職場づくりが進み、若者の安定した雇用と中小企業の活性化が期待されています。
 以下サイトの10の設問に回答することで、ユースエール認定到達度を簡易的に診断することができますので、ぜひ参考にしてみてください。
https://wakamono-koyou-sokushin.mhlw.go.jp/search/service/jigyonushishindaninfo.action

懲戒解雇事実伝達でプライバシー侵害 慰謝料支払い命じる

 懲戒解雇を行った事実を個人名を挙げて取引先及び解雇者の現勤務先等へ伝達を行うことは、プライバシー権の侵害となり違法であると元労働者が元勤務先企業を訴えた裁判で、東京地方裁判所は「プライバシー侵害による不法行為に当たる」として、慰謝料5万円の支払いを命じました。(令和7年7月18日判決)

事件の概要

 医療機関向けのシステム開発などを手掛ける静岡県内の企業において、営業部門の接待交際費に関し基準を設けたが、多くの飲食店が新型コロナウイルスにより営業を自粛していた令和2~3年においても接待交際費の金額は減らなかった。従業員による不正請求の疑いを持った同社が、請求金額の多い労働者について素行調査を興信所に依頼したところ、接待をしていないにもかかわらず接待交際費を請求している事実が発覚し、労働者らを懲戒解雇とした。後日、同社はシステムのサポート品質に問題があるとして、取引先から面談の打診を受けた。面談に応じた同社取締役は、営業社員が多数退職し一時的に人員不足が生じていること、1人の労働者が交際費の不正受給により懲戒解雇となったことを説明した。懲戒解雇の情報はその後、労働者の転職先企業にまで伝わった。

 東京地裁は懲戒解雇を有効としたうえで、交際費の不正受給による懲戒解雇という事実は、一般には第三者に公表されたくない個人情報であると強調しました。取引先に対して多数の退職者が出た経緯を説明する必要があったとしても、労働者の個人名を挙げて懲戒解雇になった事実まで伝える必要性は見出し難く、転職先企業にまで伝播した事実を踏まえれば、同社の取締役の行為はプライバシー侵害の不法行為を構成するとしました。
 懲戒解雇の事実及びその内容を公表することは通常、被解雇者の名誉・信用を著しく低下させる行為であり、違法性があると評価されます。違法性が棄却されるためには、公表する側にとってやむを得ない事情があり、必要最小限の表現を用い、かつ被解雇者の名誉・信用を可能な限り尊重した公表方法で、事実をありのままに公表した場合に限られるとされています。会社としては、基本的には懲戒解雇の事実の公表は差し控えるのがよく、仮に公表するならば、事実公表の必要性の有無、表現方法が必要最小限であるか、被解雇者の名誉・信用に可能な限り配慮しているかどうかに十分注意しましょう。再発防止のために社内で告知を行う場合は被解雇者と同種の業務を行う従業員及びその従業員を監督する立場にある者に限定し、むやみに範囲を拡げることは避ける方がよいでしょう。