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コラム

スキルベースの人材マネジメントは
労働市場改革への処方箋となるか

2024 年1 月16 日

須藤 聖明(すどう きよあき)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット

HR第3部 コンサルタント須藤 聖明

新卒で三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社に入社、主に人事データを用いた人事戦略策定やコストシミュレーション等、データアナリティクスの観点からHR領域のコンサルティングを行っている

三位一体の労働市場改革に向けて

 2023年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針)」では、「三位一体の労働市場改革」として以下の3つが指針として発表された¹。

  1. リ・スキリング(Re Skilling)による能力向上支援
  2. 個々の企業の実態に応じた職務給の導入
  3. 成長分野への労働移動の円滑化
 これらの指針に基づくと、今後社会はそれぞれ「職務遂行スキルの陳腐化・非連続な変化」、「ジョブ型人材マネジメントの浸透」、「人材流動化の加速」といった変化に直面することになるだろう。
 そうした社会変化に対して、企業人事はどのように適応していくべきだろうか?本コラムでは、欧米で導入が進むスキル・タクソノミー(Skill Taxonomy)という考え方を紹介する。

¹ 内閣官房「三位一体の労働市場改革の指針」

スキル・タクソノミーとは

 スキル・タクソノミーとは、端的に言えばスキルを分類・体系化する方法論のことであり、2021年1月に世界経済フォーラム(World Economic Forum)で発表された²。職務遂行に必要なスキルを標準化・可視化することで、スキルベースでの報酬体系や労働移動を可能にする動きだ。実際、欧米ではすでにスキルマッチングでの採用を支援する人材サービスの新興企業も現れている。

 イメージしやすくするために、企業の経理・財務部門のスキル・タクソノミーの例を挙げてみる。

 例)経理・財務部門のスキル・タクソノミー

例)経理・財務部門のスキル・タクソノミー

² World Economic Forum「Building a Common Language for Skills at Work A Global Taxonomy」
※筆者作成。実際はこれらのスキルそれぞれについて、企業内の職位に合わせてレベルを定義する

 こうしてみてみると、「自社でも近いようなことはすでにやっている(評価基準の項目や、求人票の募集要項など)」と思われる方が多いと思うが、その認識は概ね正しい。
 これまで、日本企業では年功序列から成果主義への転換に際して「コンピテンシーモデル」を構築したり、ジョブ型人材マネジメントを導入する企業が「ジョブ・ディスクリプション」を作成したりしてきた。前者は職務遂行に必要となる総合的な能力や行動特性を、後者は社内のポジションとその職務内容を明文化したものである。
 これらに対し、「スキル・タクソノミー」は個々の職務遂行に必要とされるスキルとそのレベルに焦点を当てている点で異なる。ただし、「コンピテンシー」によって発揮されるスキルを明文化する、あるいは「ジョブ」の構成要素の一つであったスキルをさらに細分化して定義するという点では、遠い世界の話ではない。むしろ、IT化が進み業務プロセスが細分化・単純化されているような企業では、抽象的な「コンピテンシー」や、自社の独自性・固有性が強くなりがちな「ジョブ・ディスクリプション」より自社の業務実態に適合するかもしれない。

スキルの可視化がもたらす効用

 自社の職務において必要なスキルを明文化し、詳細に定義することで、従業員は「自身のスキルと職務遂行に必要なスキルを比較しリスキリングの方向性を把握」できるようになる。企業人事は「職務における人材要件・スキルに基づく処遇を定義」し、成長領域に注力するための「職務に適切・必要なスキルを有した人材を獲得する(ミスマッチングを減らす)」ことにもつなげられる。つまりスキルベースでの人材マネジメントは「三位一体の労働市場改革」が目指す方針と合致すると筆者は考えている。

 重ねてとはなるが、「スキル・タクソノミー」の作成は既に日本企業では評価基準や募集要項の人材要件に一部用いられているものをさらに詳細化する取り組みである。抜本的な人事改革を行うよりは遥かに取り組みやすい。今後到来する日本の労働市場の急激な変化に対する備えの一助として、スキルベースの人材マネジメントへの転換を検討していただきたい。

参考文献
● 内閣官房「三位一体の労働市場改革の指針」
● World Economic Forum「Building a Common Language for Skills at Work A Global Taxonomy」

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルティング事業本部
組織人事ビジネスユニット

HR第3部 コンサルタント須藤 聖明(すどう きよあき)

  • 経歴

    新卒で三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社入社。
    主に人事データを用いた人事戦略策定やコストシミュレーション等、データアナリティクスの観点からHR領域のコンサルティングを行っている
    一般社団法人ピープルアナリティクス協会 研究員

  • プロジェクト実績

    エンゲージメントサーベイ
    組織風土改革
    事業構造改革に伴う要員・異動配置戦略策定

  • 専門領域

    HRテクノロジー・ピープルアナリティクス・トータルリワー