社労士

コラム

「2024年春闘 中小企業の動向」
「仕事と介護の両立支援ガイドライン公表」等
人事労務関連レポート 2024年5月号

2024 年5 月13 日

今年の春闘は、大手企業を中心に満額回答など、高い水準での早期決着が相次いでいる中で、中小企業では大手企業との賃上げ率に乖離が見られる状況です。これらの課題に向けた社労士の見解等を解説していきます。

トピックス

2024年春闘 中小企業の動向

●春闘の大枠

 今年の春闘は、大手企業で「満額回答」など高い水準で早期決着が相次いでいる状況が続く中で、2024年4月18日、日本労働組合総連合会が2024年春闘の4次集計を発表しました。4月4日に発表した3次集計時からやや下方修正されましたが、前年同時期比では1.51ポイント上昇し、基本給を底上げするベースアップ(ベア)と定期昇給(定昇)を合わせた賃上げ率が平均で5.20%と、高い水準を維持しています。例年、集計を重ねるにつれて賃上げ率は下がっていく傾向にありますが、今年は下方修正が小幅にとどまっている状況です。最終的には5%を超える可能性が高く、33年ぶりの高い賃上げ率の達成が確実な情勢となっています。
 中央労働委員会の「賃金事情等総合調査」などカバレッジの高い統計によれば、最近の定期昇給分は1.6%程度と考えられ、ベースアップ部分は3%を超えると想定されています。大手企業が賃上げ率上昇をけん引していますが、中小企業では今も尚厳しい状況が続いています。

●中小企業の実情

 日本商工会議所と東京商工会議所が2月に発表した「中小企業の人手不足、賃金・最低賃金に関する調査」結果によると、2024年の賃上げ率の見通しは、「5%以上」とする企業が10.0%、「4%以上5%未満」が9.3%、「3%以上4%未満」が17.3%、「2%以上3%未満」が24.7%などとなっており、「3%以上」とする企業が合計で36.6%と約4割という結果になっています。2023年度について尋ねた昨年よりも3.1ポイント多い結果ではありましたが、大手企業と比べると賃上げ率には乖離が見られる状況です。従業員規模別にみると、「賃上げを実施予定」とする企業割合は、「5人以下」が32.7%、「6~10人」が50.3%、「11~100人」が62.6%、「101~300人」が65.5%、「301人以上」が65.9%となっており、「5人以下」になると3割程度、「6~10人」では5割程度までその割合は落ちています。「5人以下」では、「賃上げを見送る予定(引下げ予定を含む)」と答えた企業も16.8%という結果になりました。中小企業でも賃上げ率は上昇傾向ではありますが、大手と同じ水準には達していない状況が続いています。

●中小企業の賃上げに向けて

 労働分配率の観点で見ると、大企業は平均50%に対し中小企業は平均70%~80%と高く乖離しています。生産性を高め、賃金原資を確保することは大前提ですが、利益に対する人件費の割合が高い中小企業にとっては、賃上げによる財務への影響が大きくなります。大企業も例外ではありませんが、特に中小企業においては人件費の増加分を適正に価格転嫁できるかが重要になってきています。東京商工リサーチの原田三寛情報部長は、今年は、「マイナス金利が解除されるかもしれないという先行きが見通せない中でなかなか賃上げに踏み切れない会社や賃上げ率を低めに抑えざるをえない会社もある」と指摘しました。その上で、「政府はこれまで税制の優遇や補助金で賃上げを誘導してきたが、限界が来ていると思う。コスト上昇分をみずから引き受けてしまっている中小企業がまだ多くいるので、一時的な機運ではなく、継続的に価格転嫁しやすい環境づくりを考えていかなければならない」と話しています。
 中小企業庁は中小企業の実情を踏まえて、下請けと元請けの取引関係のあり方を定める「振興基準」の改正を3月に実施しました。基準には人件費については公正取引委員会の指針を踏まえ適切に転嫁の協議を行うことや原材料やエネルギーの適切なコスト増加分については全額転嫁を目指すことなどが盛り込まれる予定です。「価格転嫁」は必要な措置ですが、中小企業は賃上げ原資を捻出するには厳しい環境下にあります。政府には賃上げ施策の賃金引き上げに応じて増加する社会保険料の事業主負担を軽減させる等のきめ細やかな施策を検討してもらいたいものです。

仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドラインの公表 ~経済産業省~

 令和6年3月26日に経済産業省が「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」を策定しました。少子高齢化に伴う労働力人口不足が進行する中、既に日本は高齢化率29.0%以上(2022年時点)となる超高齢社会となっています。2040年代にはいわゆる団塊ジュニア世代(約800万人)が後期高齢者となり、更なる医療・介護の負担が見込まれています。現在に於いては要介護者から見た主な介護者の続柄は子が一番多く(26.4%)、次点で配偶者(23.0%)となっています。これは実子や配偶者が主たる家族介護の担い手となったこと、「働く誰しもが家族介護を行うことになり得る」ことを示しています。
 2030年代には家族を介護する人のうち、約4割が仕事をしながら家族等の介護に従事するもの(ビジネスケアラー)になると予測されており、労働人口の減少が進行する中、介護離職を防ぎ、仕事と介護の両立を支援することは企業が今の時代を乗り越えるための必須のアジェンダになります。

企業における介護両立支援の全体像(経済産業省:仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドラインより)

全企業が取り組むべき事項 企業独自の取組の充実
STEP1
経営層のコミットメント
STEP2
実態の把握と対応
STEP3
情報発信
☑人事労務制度の充実
☑経営者自身が知る ☑アンケート・聴取 ☑基礎情報の提供 ☑個別相談の充実
☑メッセージ発信 ☑人材戦略の具体化 ☑研修の実施 ☑コミュニティ形成
☑推進体制の整備 ☑適切な指標の設定 ☑相談先の明示 ☑効果検証

労働基準監督署による定期監督等における違反件数上位10項目

 厚生労働省では、毎年、労働基準監督年報を発行しており、労働基準監督署等による様々な活動実績を見ることができます。先日、この年報の令和4年版が公開されました。これによると、労働基準監督官が会社に来るような調査(監督)は、年間171,528件行われており、そのうち毎月一定の計画に基づいて実施する監督等の「定期監督等」が、142,611件(全体の83.1%)となっています。そして、この「定期監督等」の違反状況について、件数の多いものトップ10は以下のようになっています。

1位 安衛法66条~66条の6(健康診断) 29,974件 6位 労基法15条(労働条件の明示) 13,853件
2位 安衛法20~25条(安全基準) 27,041件 7位 労基法108条(賃金台帳) 12,254件
3位 労基法32条(労働時間) 22,305件 8位 労基法施行規則24条の7条(有休管理簿) 11,264件
4位 労基法37条(割増賃金) 20,554件 9位 労基法89条(就業規則) 9,546件
5位 労基法39条(年次有給休暇) 14,264件 10位 安衛法66条の8の3(時間把握) 8,837件

 また、令和4年度に、最低賃金法(昭和 34 年法律第 137 号。以下「最賃法」という。)の履行確保を主眼として実施した監督指導の件数は 15,105 件であり、このうち最賃法第4条(使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない)違反が認められたものは 1,558 件(違反率 10.3%)でした。さらに、令和4年度の過労死等の労災補償状況については、脳・心臓疾患の請求件数は 803 件であり、支給決定件数は 194 件となっており、精神障害の請求件数は 2,683 件であり、支給決定件数は 710 件でした。前年度と比べ、脳・心臓疾患の請求件数は 50 件の増加、支給決定件数は 22 件の増加となっており、精神障害の請求件数は 337 件の増加、支給決定件数は 81 件の増加となっています。

育児休業給付の受給期間延長手続きが厳格化されます!

 育児休業給付金について、子が1歳に達した日後の期間について休業を1歳6カ月又は2歳に達する日まで延長し、その支給を受けるための要件について、令和6年3月25日付けの官報に、「雇用保険法施行規則の一部を改正する省令(令和6年厚生労働省令第47号)」が公布されました。
 改正省令では、保育所等における保育の利用を希望し、申込みを行っているが、当該子が1歳に達する日後の期間について、当面その実施が行われない場合について「速やかな職場復帰を図るために保育所等における保育の利用を希望しているものであると公共職業安定所長が認める場合に限る」ものとなります。(施行期日 令和7年4月1日)
 令和7年度以降、育児休業給付金の期間延長における確認書類は、現行の「市区町村が発行する保育所等の利用ができない旨の通知(入所保留通知書、入所不承諾通知書など)」に加え、「本人記載する申告書」および「市区町村に保育所等の利用申込みを行ったときの申込書の写し」が追加で必要となり、申し込んだ保育所等が合理的な理由なく自宅又は勤務先から遠隔地の施設のみとなっていないことや市区町村に対する保育利用の申込みにあたり、入所保留となることを希望する旨の意思表示を行っていないこと等、市区町村への申込内容の確認により延長の適否を判断することとしています。
 なお、この改正は、育児休業給付金の受給期間を延長する目的での、保育所等の「落選狙い」を防ぐために行われた改正である反面、抽選倍率の高い保育所への入所を切に希望する児童らにしわ寄せがくるといった問題点が指摘されています。

テレワークで労災認定

 新型コロナを契機に広がったテレワークで長時間労働を強いられたとして、横浜市の外資系補聴器メーカー勤務の女性が労災認定を受けました。女性は経理や総務などを担当する正社員で、新型コロナの感染拡大後にテレワークをするようになり、新しい精算システムの導入などで2021年の末ごろから業務が増え、翌年3月に適応障害を発症しました。直前2か月の残業時間は1月当り100時間を上回り、いわゆる過労死ラインを超えていたということで、横浜北労働基準監督署は今年、労災認定するとともに会社に是正勧告を出しました。
 この女性は、テレワークで労働時間を計算するのが難しい場合、常に指示を受けられる状態になっていないことや、仕事の方法や時期を具体的に決められていないことを条件に、一定の時間を労働時間とみなす「みなし労働時間制」の適用を受けていました。しかし、代理人弁護士によるとこの女性は常にチャットやメールで指示を受け、細かい報告をしながら業務にあたっていたため、該当しないということです。
 総務省の通信利用動向の調査によると、テレワークを導入している企業の割合は、2019年は20.2%でしたが、2020年は47.5%、2022年は51.7%となっています。一方、連合が2020年に行った調査では、「出勤しての勤務よりも長時間労働になることがあった」という回答が51.5%を占めたほか、「仕事とプライベートの時間の区別がつかなくなることがあった」という回答が71.2%に上るなど、テレワークでも適正な労働時間管理をしていくことが課題になっています。
 過重労働をめぐっては、2014年の過労死防止法やその後の働き方改革関連法によって長時間労働が抑制されてきた一方、精神障害による労災認定は増加傾向にあります。
 企業側には従業員に対する健康配慮義務を適切に果たすことが求められます。テレワークには、働き方が広がるなどの利点も多く、活用の方法についてさらなる考察が必要になりそうです。

障害者差別解消法改正、令和6年4月1日より合理的配慮の提供が義務化

 障害者差別解消法が改正され、令和6年4月1日より施行され合理的配慮の提供が義務化されました。障害者から何らかのバリアを取り除くための要望された場合、負担が過重とならない範囲で対応することが求められます。

● 具体的には、

  • ① 事業者が、
  • ② その事務・事業を行うに当たり、
  • ③ 個々の場面で、障害者から「社会的なバリアを取り除いてほしい」旨の意思の表明があった場合に
  • ④ その実施に伴う負担が過重でないときに
  • ⑤ 社会的なバリアを取り除くために必要かつ合理的な配慮を講ずること
     とされています。

    例:専用エレベーター設置は難しい為、混まない時間からの就業を許可、リモートを検討等
     合理的配慮の提供に当たっては、障害のある人と事業者等との間の「建設的対話」を通じて相互理解を深め、共に対応案を検討していくことが重要です(建設的対話を一方的に拒むことは合理的配慮の提供義務違反となる可能性もあるため注意が必要です)。