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コラム

「再雇用者の基本給6割下回るは“違法”2審判決を最高裁が棄却」
「最低賃金引上げ全国平均1,000円越え」等
人事労務関連レポート2023年9月号

2023 年9 月13 日

三菱総研DCS、社労士事務所による人事労務市場の「今」を解説。今日から業務に役立つ情報から今後の法改正などの情報までトータルでお届けいたします。

トピックス

再雇用者の基本給 定年時の6割を下回る「違法」2審判決を破棄
―名古屋自動車学校事件(最高裁一小 令5.7.20判決)

 定年後の再雇用者の基本給と賞与が旧労働契約法20条(現・パートタイム・有期雇用労働法8条)が禁じた不合理な待遇格差に該当するかが争点となった裁判で、最高裁判所第一小法廷(山口厚裁判長)は、定年時の6割を下回る部分を不合理と認めた2審判決を破棄し、審理を名古屋高等裁判所に差し戻しました。
 原審では、嘱託職員である被上告人らの基本給および嘱託職員一時金の額は、定年退職時の正職員としての基本給および賞与の額を大きく下回っており、基本給の額の60%を下回る部分および基本給の60%に所定の掛け率を乗じて得た額を下回る嘱託職員一時金との差額は旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとして損害賠償請求を一部認容しました。
 しかしながら、今回の最高裁判決では以下の理由により上記判断を是認しませんでした。

旧労働契約法20条にいう有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理と認められるものかどうかの判断に当たっては、当該使用者における基本給および賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情(職務の内容、当該職務の内容および配置の変更の範囲、その他の事情)を考慮することにより検討すべきものである。
正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無および内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質および支給の目的を何ら検討していない。
労使交渉に関する事情を旧労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、原審はその結果に着目するにとどまり、見直しの要求等に対する上告人の回答やこれに対する労働組合等の反応の有無および内容といった具体的な経緯を勘案していない。
嘱託職員一時金については、正職員の賞与に代替するものと位置付けられていたということができるところ、原審は、賞与および嘱託職員一時金の性質および支給の目的を何ら検討せず、嘱託職員としての労働条件の見直しに関する労使交渉についてもその結果に着目するにとどまり、その具体的な経緯を勘案していない。

 以上により、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給、賞与および嘱託職員一時金の金額が異なるという労働条件の相違について、基本給および嘱託職員一時金の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法があるとして原審を破棄しました。
 また、他のこれまでの判決同様、「6割」というような数値化した基準の判断は結果的に避けられました。賃金は企業自身で決めるものという原理原則を再確認したともいえるだけに、賃金制度設計への企業の姿勢が一段と問われることになりそうです。
 名古屋自動車学校事件と同様の背景を持つ下記長澤運輸事件との関連性も注目されています。

◎長澤運輸事件 (最二小判平成30・6・1民集 第72巻2号202頁)

 事案: 定年退職後、定年再雇用制度によって有期契約社員となり、引続き同一の業務に従事していたものの、手当の一部や賞与が支給されなくなり、定年前と比較すると年収が約21%程度減少することが労働契約法20条に違反するかが問題となった。
 判決: (1)定年退職者の有期労働契約による再雇用の場合、長期雇用は通常予定されておらず、定年後再雇用労働者は、定年退職まで無期雇用労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。有期契約労働者が定年再雇用後に再雇用された者であることは、不合理性の判断において、旧労働契約法20条の「その他の事情」として考慮されることとなる事情に該当する。
(2)労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合、不合理性の判断にあたっては、賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきである。なお、ある賃金項目の有無・内容が、他の賃金項目の有無・内容を踏まえて決定される場合、そのような事情も、個々の賃金項目の不合理性の判断にあたり考慮される。
(3) 本件においては、基本給相当額の正社員との差が2%ないし12%にとどまること、賞与を含む賃金(年収)の差が21%程度であり、使用者が団体交渉を経て、定年後再雇用労働者に老齢厚生年金報酬比例部分の支給開始までの間2 万円の調整給を支給していること等を総合考慮すると、基本給、賞与等の格差は不合理とは認められない。これに対し、職務内容が同一の正社員と嘱託乗務員の間で皆勤を奨励する必要性に相違はないため、嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことは不合理と認められる。
 引用: 最高裁判所判例集
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87785

最低賃金引上げ決定 全国平均・初の1,000円超え 中央審議会

 2023年度の最低賃金(時給)について、労使の代表者らが協議する中央最低賃金審議会は7月28日、41円(4.3%)引き上げるとする目安を答申しました。“目安額通り”に改定されれば、全国加重平均は1,002円(現在961円)となり、初めて1,000円を超えます。引き上げ額は過去最高で、国民生活を直撃する物価高騰と賃上げ機運を考慮しました。
 最低賃金については、例年、厚生労働大臣の諮問機関である審議会が目安を決めた後、各都道府県の審議会がその目安を参考に実際の額を決め、10月頃に改定されることなります。引き上げ幅は、物価高で上昇している労働者の生計費と、賃金の上昇傾向を重視して決定されます。人件費の原資となる「価格転嫁」を進めるという提言を盛り込む形で、支払い能力を懸念する経営者側の意見も取り込んだ形となっています。
 ただ、全国加重平均1,000円を達成しても、日本の最低賃金は海外の先進国に比べて未だ低い状況であり、今後、政府は新たなる目標額の設定などについても議論を始める方針です。

◆各国の最低賃金(R5.4月時点 厚生労働省まとめ)

英国 1,743円 ※米国は連邦最低賃金のほか、州や市で独自に最低賃金を設定することがあり、2,000円超の地域もある。

フランス 1,668円
ドイツ 1,776円
米国 ※ 973円
韓国 962円

男性育休取得率、公表義務対象企業を従業員300人超に拡大へ

 厚生労働省は、男性の育休取得率の公表義務対象企業を、現在の従業員1,000人超から300人超とするため、2024年にも育児・介護休業法の改正案を国会に提出する方針です。対象企業を広げた場合、およそ4,000社から18,000社程度に対象企業が増加すると見込まれています。
 政府は2023年4月に従業員1,000人超の企業に年1回、男性の育休取得率の公表を義務付けたばかりですが、男性育休の取得促進のため、間髪入れず次の一手を打った格好です。また、1,000人以下の小規模な事業者には、企業側の負担に配慮し公表頻度を隔年とする案も検討されています。  男性の育休取得については、兼ねてより欧州と比べ遅れが目立っており、ノルウェーは2018年時点で70%を超え、フランスは2021年7月に男性の育休取得を義務化しました。これら海外諸国の水準に追いつくよう、政府は2025年までに男性の育休取得率を50%、2030年までに85%にする目標を掲げています。育児休業をはじめとする男性の育児参加が、女性のキャリア形成や少子化対策に効果があるとの指摘は多く、厚生労働省は公表義務の対象拡大で、企業の男性育休取得率の改善を後押しする考えです。
 厚生労働省は取得日数や育児・家事時間の目標値を新たに定め、男性の行動変容を促すことも議論します。最新の調査結果では、男性育休の取得率は過去最高の17.13%を記録していますが、2025年までの目標値である50%にはまだ遠い状況です。現在の公表義務対象企業(従業員1,000人超)に対し厚生労働省が6月に行った調査の速報値では、平均取得率は46.2%と全体と比較し高い水準の結果が出ており、今後は公表規模の拡大に伴い中小企業に対して取得促進へのフォローアップも期待されています。

(参考資料)令和5年度男性の育児休業等取得率の公表状況調査(速報値)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/shokuba_kosodate/jigyou_ryouritsu/topics/tp100618-1_00002.html

労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)で2000社超えを是正指導

 厚生労働省が明らかにした、労働施策総合推進法の施行状況によると、中小企業にもパワーハラスメント防止措置の実施が義務付けられた令和4年度は、全国に設置されている総合労働相談コーナーなどに寄せられた、同法関連の相談件数が5万840件となり、前年度の2万3,000件程度に比べ、倍増しました。
 相談内容は、パワハラ防止措置関連が4万458件(87.7%)を占め、パワハラに関する相談を行ったことを理由とする不利益取扱い関連も1,581件(3.1%)ありました。
 相談などを受け、雇用管理の実態把握を行ったのは4,899事業所で、うち2,258事業所で同法違反が見つかり、是正指導が行われました。是正指導は計2,546件にのぼり、前年度の4.3倍になります。 是正指導の内容は以下の通りです。

・パワハラ防止措置 1,655件
・事業主の責務(労働者への研修実施など) 475件
・事業主の責務(自らの言動) 404件
・パワハラ相談を理由とした不利益取扱い 12件

事業主が講じなければならない措置について、改めてご確認ください。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000855268.pdf

性同一性障害のトイレ使用制限は違法 R5.7.11最高裁判決

 性的マイノリティーの労働者の職場環境について、最高裁が初めての判断を下しました。経済産業省で働く性同一性障害の職員が、女性用のトイレの使用を制限されたことを不服とした裁判で、最高裁判所第三小法廷は、使用制限を違法と判断しました。
 当該職員は、入職後に性同一性障害の診断を受け、平成21年に上司に対し、自らの性同一性障害について伝え、女性用の服の着用やトイレの使用を要望しました。その後、経産省は職員の了承のもと、同僚らを対象に説明会を開き、説明会終了後に職員の女性トイレ使用に関する意見を求めたところ、執務階の使用については数名の職員が違和感を抱いているように見え、また一つ上の階の女性用トイレについては、1名の女性職員が日常的に使用していることが確認されたため、職員の勤務する階とその上下の階の女性用トイレの使用を職員に認めず、その他の階で使用するよう決定しました。
 職員は、人事院に女性用トイレの使用を含め、女性職員と同等の処遇を求めますが、人事院はいずれの要求も認めない判定をしたため、判定を不服として職員が裁判を提起したものです。
 一審の東京地方裁判所は、経産省が主張するトラブルが抽象的なものに留まり違法な評価は免れないと判断、二審の東京高等裁判所は、経産省には他の職員の性的羞恥心や性的不安を考慮し、全職員にとって適切な職場環境整備の責任があったとして、適法と判断しました。
 最高裁は、職員が戸籍上は男性であったものの、医師の診断等から判断してトラブルになる事態は想定し難く、実際に2フロア離れたトイレを職員が使用してもトラブルは生じていなかったこと、また、説明会において他の職員から明確に異が唱えられておらず、説明から4年10カ月の間に、特段の配慮をすべき他の職員が存在するか否かについての調査が改めて行われ、処遇の見直しが検討されたこともうかがわれないことを挙げ、他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであり、裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したとして違法と判断しました。

健康保険の被扶養者 国内居住要件を明確化

 厚生労働省は、2023年6月19日、健康保険の被扶養者の国内居住要件の明確化を図る通知を発出し、外国への短期留学など、渡航先での滞在期間が短く公的な証明が発行できないケースの取り扱いなどを示しました。
 健康保険の被扶養者の国内居住要件は、令和2年4月施行の改正健康保険法により新設されました。被扶養者の定義として、原則①日本国内に住所を有するもの、例外的に②日本国内に住所を有しないが、渡航目的その他の事情を考慮して、日本国内に生活の基礎があると認められるものを追加しています。
 ①の日本国内に住所があるかどうかは住民票の有無で判断します。住民票が国内にあっても、明らかに居住実態が海外にある場合は、健保組合や協会けんぽなどの保険者が要件を満たさないものと判断して差し支えありません。②の例外要件は省令で、以下の5つの事由とされています。

  1. 外国において留学をする学生
  2. 外国に赴任する被保険者に同行する者
  3. 観光、保養またはボランティア活動その他就労以外の目的で一時的に海外に渡航する者
  4. 被保険者が外国に赴任している間に当該被保険者のとの身分関係が生じた者であって、2と同等と認められるもの
  5. 1から4までに掲げる者のほか、渡航目的その他の事情を考慮して日本国内に生活の基礎があると認められる者

 今般通知で明確化を図ったのは、短期留学や一時的な海外渡航、就業訓練、ボランティアの取扱いなどです。短期留学や一時的な渡航など、渡航先での滞在期間が短いため、海外の公的証明が発行できない場合は、ビザで就労の可否や可能となる就労の範囲を確認します。そのうえで、今後1年間の収入の見込みを算出していきます。ビザだけで判断できない場合は、被保険者の勤務先の扶養手当の支給状況や、支給基準の提出を求めるとしました。
 学生ビザなど、就労可能な時間に制限があり、制限下で就労をする限り、被扶養者の収入要件以内に収まることが見込まれる場合は、収入要件を満たすものとして取り扱って差し支えないとしています。ビザが就労不可のケースは収入なしと判断します。就業訓練については、就労を目的としているといえない場合には、例外要件に該当するとしました。具体的には、ビザの内容から留学と同様であると判断できるケースなどについて、就労目的に当たらないとしています。
 海外協力隊などのボランティア活動は、現地で生活費が支給されていても、例外要件を満たすとしました。ただし、支給される生活費が被扶養者の認定基準額以上の場合は、主として被保険者により生計を維持するものといえないため、被扶養者と認定されません。

精神障害者等の雇用率算定の対象に週20時間未満を追加

 厚生労働省は、7月7日、週の所定労働時間が短い精神障害者などを、実雇用率の算定対象に加える改正障害者雇用促進法の施行に向け、基準となる労働時間数や実雇用率算定時のカウント数を定める省令と告示を公布しました。
 令和6年4月施行の改正法において、週所定労働時間がとくに短い精神障害者、重度身体障害者および重度知的障害者について、特例として、事業主が雇用した場合に雇用率に算定できるようになります。対象に追加される障害者の週所定労働時間は、告示で10時間以上20時間未満と明記されました。また、算定数は、省令で雇用1人につき0.5人と定めました。