社労士

コラム

「年収の壁問題」「次元の異なる少子化対策に向けて」等
人事労務関連レポート2023年5月号

2023 年5 月10 日

三菱総研DCS、社労士事務所による人事労務市場の「今」を解説。今日から業務に役立つ情報から今後の法改正などの情報までトータルでお届けいたします。

トピックス

「年収の壁」問題について

 岸田総理大臣は「年収の壁」問題について対策に取り組む考えを表明しました。
 年収の壁とはパートの主婦などが一定の要件を満たすと扶養から外れ、パート先で健康保険や厚生年金に加入し、パート代から社会保険料が控除される「130万円(パート先の規模等により106万円)の壁」などがあります。少子高齢化により労働人口が減少するなかで女性の活躍も期待されていますが、本来労働時間を長くしたいと考えている人も手取り収入が減ることを避けるため、年収が壁を超えないように勤務時間を調整し、また企業にとっては人手不足を解消するために時給を上げるとさらなる勤務時間の調整が起こるといった悪循環も指摘されています。
 政府は扶養されている人がパートなどとして働く企業に対して助成金を出し、企業が保険料を肩代わりする案を検討していますが、この案が実施されると例えば主婦は厚生年金保険料を負担することなく、厚生年金に加入できることになり単身のパート労働者との公平性が失われます。また共働き世帯と比較すると、国民年金第3号被保険者として保険料を負担せずに国民年金に加入し、健康保険においても被扶養者とされているなど優遇されています。
 国民年金第3号被保険者制度は夫が働き、妻が家庭を守るという考えが一般的であった1985年に収入を得られない専業主婦の年金権の確保という目的で創設されました。しかし時代とともに女性のライフスタイルは多様化し、共働き世帯、単身世帯が増加するなど社会構造が変化する中で国民年金第3号被保険者制度は時代に合わない制度とも言えます。
 社会保険の適用拡大によりパートで働く専業主婦が厚生年金に加入することによって国民年金第3号被保険者数を減少させ、また年収の壁の問題をなくすことにより、働く意欲のある人は勤務時間を延長させることで手取り収入を増やすという政策が進められましたが、抜本的な解決には従来の『世帯で社会保障』という枠組みを修正し、少額であっても労働により得た収入に応じた保険料を納める制度への変更が求められます。また社会保険のみならず、税金(所得税や住民税の扶養基準や課税方法)などを含めた総合的な見直しが必要だと考えられます。

「次元の異なる少子化対策」に向けて

 厚生労働省が公表した人口動態統計の速報値で2022年の出生数は79万9728人で過去最少を更新し政府の予測よりも8年早いペースで少子化が進んでいます。こうした状況の中、岸田総理大臣が目指す「次元の異なる少子化対策」の具体化に向けて、政府は異次元の少子化対策のたたき台として「こども・子育て政策の強化について(試案)」を発表しました。試案では「共働き・共育ての推進」についても掲げられており、「男性育休は当たり前」になる社会の実現に向けて官民一体となって取り組むとし、制度面と給付面の両面からの対応を抜本的に強化するとしています。

「共働き・共育ての推進」の主なポイント

  • 男性の育休取得率について現行の政府目標「2025年までに30%」を大幅に引き上げ、「2025年に公務員85%、民間50%」を目指す。
  • 「産後パパ育休」(最大28日間)を念頭に、出生後一定期間内に両親ともに育児休業を取得することを促進するため 、給付率を現行の67%(手取りで8割相当)から、8割程度(手取りで10割相当)へと引き上げる。
  • 周囲の社員への応援手当など男性育休を支える体制整備を行う中小企業への支援の大幅強化
  • こどもが2歳未満の期間に、時短勤務を選択した場合の給付の創設
  • 自営業、フリーランスの方々の育児期間の保険料免除制度の創設

 これを受けて岸田総理大臣は自身を議長とした「こども未来戦略会議」を立ち上げることを表明し、政府の関係閣僚や有識者、子育ての当事者や関係者をメンバーとして、必要な政策強化の内容、予算、財源について更に具体的な検討を深め、6月の骨太方針までに、将来的なこども・子育て予算の倍増に向けた大枠を示すとしています。

介護と仕事の両立支援について

 経済産業省は令和5年度に企業における介護と仕事の両立支援を促すため、管理職研修の進め方などを盛り込んだ企業向けのガイドラインを作成します。両立支援への取組みが市場から評価されるようにするため、健康経営に関する認定制度の評価項目にも追加する考えです。
 ガイドラインでは、介護を行う労働者への対応方法、管理職研修の内容、福利厚生制度の導入方法を解説します。労働者が仕事との両立が難しいと考え、介護休業を経てそのまま離職してしまうケースを防ぐ狙いです。
 研修内容としては、介護を行う労働者へのコミュニケーションの取り方や、復職までのサポートを解説し、福利厚生制度については、労働者が介護保険外のサービスを利用できるようにするための支援策を提案します。
 経産省がまとめた推計によると、介護による離職や生産性の低下による経済損失は約9.1兆円に上り、そのうち仕事と両立できていない場合の労働生産性損失額が7兆9163億円、介護離職による労働損失が1兆178億円などと試算しています。一方、厚生労働省は令和5年度に両立支援等助成金を拡充します。介護離職防止支援コースに、代替要員を確保した場合の加算措置や、介護休業の申出先および休業中の待遇などを個別周知し、両立環境を整えている場合の加算措置を新設します。代替要員の新規雇入れに対しては、介護離職防止支援コースの30万円に20万円を上乗せ支給します。

 現行の介護離職防止支援コースは、「介護支援プラン」を作成し、プランに基づき労働者の円滑な介護休業の取得・復帰に取り組んだ中小企業に支給するもので、在宅勤務や法を上回る有給の介護休暇などの両立支援制度を導入し、一定期間以上の利用者が生じた中小企業も対象としています。
 5年度は、生産性要件を廃止して支給金額を見直すとともに、取組みに応じた加算措置を新設する予定です。
 取得時の支援では、作成したプランに基づき、労働者が5日以上の介護休業を取得した場合に30万円を支給し、プランに沿って原職などに復帰させ、3カ月以上継続雇用した際にはさらに30万円を支給します。
 職場復帰時の助成金を受給する企業については、新たに「業務代替支援加算」を設け、介護休業取得者の業務を処理するために必要な労働者を新規で雇い入れた企業(派遣労働者の受入れを含む)と、休業者に代わって業務を行う労働者に手当を支給する企業に、新規雇用には20万円、手当支給には5万円を加えます。
 労働者に対し、仕事と介護の両立支援に関する個別の周知と、雇用環境の整備を行った企業に対する加算措置(15万円)も新設します。
 詳しくは厚生労働省HPをご覧ください。
https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/000990946.pdf

厚生労働省関係の主な制度変更(令和5年4月)について

 令和5年4月に実施される厚生労働省関係の主な制度変更のうち、特に国民生活に影響を与える事項についてお知らせ致します。

項目名 内容 主な対象者
1.出産育児一時金の支給額の引上げ ○出産育児一時金の支給額を42万円から50万円に引き上げる。
※産科医療補償制度の対象外の場合は40.8万円から48.8万円に引き上げる。
健康保険・国民健康保険の被保険者又はその被扶養者
2.月60時間を超える時間外労働の割増賃金率の引上げ(中小企業) ○令和5年4月から、中小企業の月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率を25%から50%に引き上げる。 中小企業で働く労働者とその使用者
3.賃金のデジタル払い制度の開始 ○令和5年4月から、従来から認められていた銀行口座等に加え、厚生労働大臣が指定する資金移動業者の口座への賃金支払を認める。 事業者、労働者等の関係者
4.男性労働者の育児休業取得状況の公表の義務化 ○従業員が1,000人を超える企業の事業主は、男性労働者の育児休業等の取得状況を年1回公表することが義務付けられる。 常時雇用する労働者が1,000人を超える企業
5.雇用保険料率の変更 ○令和5年度の失業等給付に係る雇用保険料率を8/1,000とする(令和4年10月~令和5年3月は6/1,000)。※労使折半 労働者及び事業主

 詳しくは厚生労働省HPをご覧ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000198659_00015.html

協会けんぽ 東京支部の令和5年3月分(4月納付分)からの健康保険料率のお知らせ

 協会けんぽ東京支部の令和5年3月分(4月納付分)からの健康保険料率は、0.19%引き上げられて9.81%から10.00%になりました。また、介護保険料率は全国一律で1.64%から0.18%引き上げられて1.82%になりました。給与計算の際はご注意ください。

建設業にも時間外労働の上限規制が適用されます(令和6年4月1日~)

 現在、建設業については、36協定で定める時間外労働の上限規制の適用が猶予されていますが、令和6年4月1日以降、原則として月45時間・年360時間となり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができなくなります。
 また、臨時的な特別の事情(特別条項)があっても、以下の上限を超える時間外労働・休日労働はできなくなります。

  • 1年間の時間外労働は720時間以内
  • 1か月の時間外労働と休日労働の合計は100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計について、「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」が全て1か月当たり80時間以内
  • 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6か月まで
 詳しくは厚生労働省HPをご覧ください。
https://hatarakikatakaikaku.mhlw.go.jp/

障害者雇用、助成金新設へ 既存分の拡充も

 厚生労働省は、企業の障害者雇用を支援する助成金を新たに二つ設けることを決めました。
 既存の助成金も額を増やすなど大幅に拡充します。一定規模の企業に義務付けられる障害者の雇用割合(法定雇用率)は引き上げが決まっており、雇用の「量」だけでなく「質」も確保するのが狙いになります。
 新設する助成金のうち一つは、企業が雇い入れなどの際に環境整備や雇用管理についてコンサルタント会社やNPO法人などから助言を受けた場合の費用をカバーし、助成額は最大80万円です。実際に障害者を雇い、継続して働いた場合は1人につき最大10万円を上乗せします。
 もう一つの助成金は、加齢に伴い仕事への適応が難しくなった35歳以上の障害者が働き続けられるよう、能力開発や支援者の配置などを行った企業に支給し、最大30万円です。

 詳しくは厚生労働省HPをご覧ください。
https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/001049748.pdf