社労士

コラム

「賃上げをめぐる状況」「専門業務型裁量労働制の見直し」
人事労務関連レポート2023年3月号

2023 年3 月9 日

三菱総研DCS、社労士事務所による人事労務市場の「今」を解説。今日から業務に役立つ情報から今後の法改正などの情報までトータルでお届けいたします。

トピックス

賃上げをめぐる状況 政労使の動きと中小企業の課題

首相の施政方針演説「新しい資本主義」における構造的な賃上げ
 1月23日に行われた岸田首相の施政方針演説では、経済政策面において、賃上げを強く進める意思を示したことが大きな話題となりました。首相が掲げた「新しい資本主義」とは、世界の情勢を踏まえ「官民が連携し、社会課題を成長のエンジンへと転換し、社会課題の解決と経済成長を同時に実現する」もので、「持続可能で包括的な経済社会」を目指すとしています。そして、「これまで着実に積み上げてきた経済成長の土台の上に持続的に賃金が上がる」仕組みを作る、つまり「構造的な賃上げ」を目標に掲げています。その最初の一歩として、物価上昇を超える賃上げの必要性を訴えたのです。
 具体的には、持続的な賃上げを実現するための労働市場改革を進めるにあたり、まずは政府調達に参加する企業で働く人の賃金を引き上げるとともに、中小企業における賃上げ実現に向けて、生産性向上、下請取引の適正化、価格転嫁の促進、さらにはフリーランスの取引適正化といった施策の強化を行うとしています。このように労働市場の制度を整えた上で、働く人の立場に立った施策として、日本型の職務給の確立およびリスキリングによる能力向上支援の実施、そしてその結果成長分野への円滑な労働移動を推進するという流れをつくる、という道筋を描いています。

今年の春闘における労使の賃上げ対応
 経団連が発表した春季労使交渉の経営側指針は、物価高の長期化による従業員の生活不安への配慮に加え、政府の賃上げ方針もあり、「企業の社会的な責務として、賃金引上げのモメンタム(勢い)の維持・強化に向けた積極的な対応」を呼びかける姿勢を示しており、例年とは異なり、企業の業績に関わらずベアや賃上げについて前向きな検討を促すといったものになっています。月例賃金(基本給)、諸手当、賞与・一時金(ボーナス)を柱として、多様な選択肢の中から自社の実情に適した方法で賃上げを実現するように求めており、さらに、月例賃金(基本給)については、近年経験のない物価上昇への対応として、全社員一律のベアの他、物価上昇の影響を強く受ける可能性が高い若年世代や子育て世代、有期契約社員へ手厚い処遇をする案も提示しています。
 一方で、連合の今年の春闘は、基本的には昨年と同じ方向性です。物価高による生活困窮や広がる格差といった問題の解決に向け、「働くことを軸とする安心社会」の実現を目指して、月例賃金については所定内賃金で生活できる水準を確保するとともに、働きの価値に見合った水準への引き上げを求めています。そして各産業での賃金の「底上げ」「底支え」「格差是正」の取り組み強化を促す観点と、働く人の生活を持続的に維持向上させるという観点から、賃上げ分3%程度、定昇相当分を含む賃上げ5%程度を要求するとしています。

課題となる中小企業の賃上げ
 上述の通り、今年は政労使が賃上げに向けて取り組む流れとなっていますが、問題は、中小企業が実際に賃上げを実施できるのか、という点です。経団連が求める「企業の業績に関わらずベアや賃上げをおこなう」ことは、多くの中小企業では難しいのが現状です。主な原因としては、政府も対策の一つに挙げている価格転嫁の滞りです。コストアップの製品への転嫁が困難な下請企業では、利益が上がらず、賃上げの実現可能性が低くなります。日本の労働者の7割は中小企業の従業員です。圧倒的多数の労働者が働く中小企業で賃上げを実現するためには、下請企業が適正な取引としてコストアップ分を取引先へ請求できるか、また、その他の企業でも原材料や光熱費等を製品やサービスに価格転嫁できるか、がカギとなります。
 但し、「構造的な賃上げ」つまり持続的に賃金が上がる仕組みを構築・維持するには、賃金上昇の結果を消費や投資に結び付けなければなりません。高齢化が進む中で、セーフティネットが十分に整っておらず人々が将来に不安を感じるような社会であれば、賃金が上がっても備えのための貯蓄が増えるだけで、成長のための消費・投資には回らないことになります。経済の好循環を実現するためには、人々が将来に対して安心感を持てるセーフティネットの整備も重要と考えます。

専門業務型裁量労働制の見直し

 専門業務型裁量労働制に関し、現行法の再解釈と運用見直しが予定されています。
(令和6年見込)

専門業務型裁量労働制とは、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務として、法令等により定められた19業務の中から、対象となる業務を労使協定で定め、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使協定であらかじめ定めた時間を労働したものとみなす制度です。


 見直しに向けて、下記の導入・検討がされています。

対象業務の追加(再解釈により適用)
『IT(情報技術)を活用したデータ管理システムの構築などの業務』
⇒現行19業務に似た区分があり、業務追加に慎重なことが伺えます。
(現19業務は、『新商品・新技術の研究開発』『情報処理システムの分析・設計』『弁護士』等の専門性の高い業務です。)

対象労働者の同意を専門型の適用にも必須化
⇒長時間労働となりがちなので、労働者が理解・納得した上での制度の運用が重要視されています。(今までは企画業務型裁量労働制にのみ、対象労働者の同意が必須でした。)

専門型・企画型ともに、健康・福祉確保措置の実施状況等に関する
書類を労働者ごとに作成・保存
⇒導入の際に労使協定で定めた「健康・福祉確保措置」が、実際に運用されていない場合もあり、その運用を担保し、労働者の健康管理を継続して行う目的と言えます。
(労使協定通りの運用ができていないと専門型裁量労働制の運用が否定され得るので、現行でも運用状況の点検が望ましいです。)

②③はパブリックコメントでも意見募集されていました。(~令和5年2月11日)
 昨年秋に発表された令和4年就労条件総合調査によると、調査対象の会社のうち専門業務型裁量労働制を採用している会社はわずか2.2%でした。制度導入のハードルは高いですが、今回の改正により導入企業の拡大が期待されます。

「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」受付終了のお知らせ

 新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止の措置の影響により休業させられた労働者のうち、休業手当の支払いを受けることができなかった方に対し、当該労働者の申請により、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付を支給する制度ですが、本年度末をもって終了する予定となりました。 支給対象は下記の通りです。

  • 〈中小企業に雇用される方〉
    令和4年10月1日から令和5年3月31日までに新型コロナウイルス感染症の影響を受けた事業主が休業させ、その休業に対する賃金(休業手当)を受け取ってない方
  • 〈大企業に雇用される方〉
    労働契約上、労働日が明確でない方(シフト制、日々雇用、登録型派遣)であり、
    令和4年10月1日から令和5年3月31日までに新型コロナウイルス感染症の影響を受けた事業主が休業させ、その休業に対する賃金(休業手当)を受け取ってない方

休業した期間 申請期限
令和4年10月~令和4年11月 令和5年2月28日(火)
令和4年12月~令和5年1月 令和5年3月31日(金)
令和5年2月~令和5年3月 令和5年5月31日(水)

※申請期限を過ぎると受付できませんのでご注意ください。

小学校休業等対応助成金が、令和5年3月末で終了へ

 厚生労働省は、新型コロナウイルス感染拡大で小学校などを休んだ子どもを世話するため仕事を休まざるを得なかった保護者への助成を大幅に縮小することを決定しました。具体的には、日額上限8,355円で賃金を補償する「小学校休業等対応助成金」を令和5年3月末で終了し、別の制度を設ける予定です。コロナによる行動制限がなくなり、臨時休校が減少した状況を踏まえ、現行支援の終了を決定しました。
 なお、最終の申請期限は以下の通りです。

休暇取得期間 日額上限額 申請期限 ※1
令和4年12月1日~令和5年3月31日 8,355円 令和5年5月31日(水) 必着

※1:令和3年8月1日~令和4年11月30日までの休暇に係る申請受付は原則終了しています。
  ただし、やむを得ない理由があると認められる場合は申請期限経過後に申請をすることが
  可能です。(令和5年6月30日まで)

 令和5年4月以降は、育児や介護の休業取得促進に取り組む企業を支援する「両立支援等助成金」の制度を活用予定です。

協会けんぽ東京支部の令和5年度の健康保険料率 10.00%に引上げ見込み

 協会けんぽ東京支部の令和5年度の健康保険料率は、0.19%引き上げられて9.81%から10.00%になり、また、介護保険料率は全国一律で0.18%引き上げられ1.64%から1.82%に引き上げられる見込みです。正式に確定しましたら、改めてご案内いたします。

育児休業取得状況の公表の義務化

 育児・介護休業法の改正により、令和5年4月1日以後に開始する事業年度より常時雇用する労働者数が1,000人超えの企業は、育児休業などの取得の状況を年1回インターネットの利用等を通じて公表することが義務付けられます。
 公表内容は、①男性の育児休業等の取得率 ②育児休業等と育児目的休暇の取得率 となります。

メリット制適用労災保険料率における事業主不服申立制度の新設

 メリット制の適用をうける事業主が労災保険給付の支給決定に伴う保険料率の増加に対し、取消を求めることができる制度がスタートします。
 あくまでも保険料率の増加に対する取消の主張を認める制度であり、労災支給の処分を取り消す法的義務が発生するものではありません。
 制度詳細について決定されましたら、改めてご案内いたします。

日本年金機構「増減内訳書」及び「基本保険料算出内訳書」の送付終了

 厚生年金の適用事業所に送付されていた「増減内訳書」及び「基本保険料算出内訳書」について、令和5年3月をもって終了となります。4月以降はすでに開始されている日本年金機構 オンライン事業所年金情報サービスにて取得可能です。
 電子データで受け取れる各種情報・通知書の詳細については、下記をご参照ください。
日本年金機構:電子データで受け取れる各種情報・通知書の詳細