MURC

コラム

事業場外みなし労働時間制の見直し

2022 年8 月3 日

吉田 英里(よしだ えり)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット

HR第2部 マネージャー吉田 英里

社会保険労務士事務所勤務後、スタートアップ企業にて人事労務部長として人事労務全般に従事。 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社入社後は、社労士としての専門性及び企業人事経験で得た現場感を大切に、人事関連のコンサルティングに従事。

 事業場外みなし労働時間制とは、労働者が「事業場外で労働に従事」し、その「労働時間の算定が困難」である場合に、一定時間労働したものとみなす制度である。 従来、始業から終業までの間の業務遂行状態を把握できない外勤営業等は、事業場外みなし労働時間制を当然のごとく適用してきたと思われる。 ところが昨今、法の趣旨や働き方の多様化に鑑み、この労働時間制の適用を見直す企業が散見され始めている。
 本稿では、先回りした法的リスクヘッジと攻めの人事労務管理を目指したい企業に向けて、見直しの必要性が高まっている背景と見直しを実効的に進めるためのポイントを解説する。

事業場外みなし労働時間制見直しの背景

昨今、以下の2点に鑑み、適用を見直す必要性が高まってきていると考える。

1.携帯電話等情報通信機器の普及
 昭和63年1月1日基発1では、「事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって臨時使用者の指示を受けながら労働している場合」には、みなし労働時間制の適用は無いとされている。 携帯電話等の情報通信機器の普及や各社勤怠システムの発展に鑑みると、「労働時間の算定が困難」な場合はそもそも存在しないとも思われるが、どうだろうか。
 これに関する判例としては、「阪急トラベルサポート事件(最判平26・1・24)」、「ナック事件(東京高判平30・6・21)」が有名だが、いずれにおいても、 携帯電話等の所持だけを理由に事業場外みなし労働時間制の適用を否定はしていない。業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、会社と社員との間の業務に関する指示および報告の方法、 内容やその実施の態様、状況等に鑑み判断するものとされた。
 つまり、この2つの判例からは、「携帯電話等を所持=事業場外みなし労働時間制適用不可」とはなってはいないが、適用に関しては、実運用ルール含め慎重な判断がますます肝要となってきていると言える。

2.脳・心臓疾患の労災認定基準(過労死認定基準)の改定
 2021年9月に過労死認定基準が改定され、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定することが明確になった。労働時間以外の負荷要因には、 「事業場外における移動を伴う業務」がその一つとして挙げられている。負荷の程度を評価する視点としては、出張や移動の頻度、交通手段、移動距離、移動時間等が言及されている。 つまり、いわゆる過労死ラインの長時間労働に達していない場合でも、労働時間には表れない労働の実態も問われるようになったということだ。
 これにより、事業場外みなし労働時間制自体が直接的に否定されたわけではないが、今まで以上に、企業には、労働者の移動も含めた拘束時間及び労働の実態把握が求められることは言うまでもない。

脳・心臓疾患の労災認定基準
出所:脳・心臓疾患の労災認定基準改正に関する4つのポイント
(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署)
https://www.mhlw.go.jp/content/000833808.pdf

事業場外みなし労働時間制の見直しの進め方

 事業場外みなし労働時間制を長年適用されてきた労働者は、勤怠報告をする習慣が身についていないため、労働時間に関する基本的な知識や労働時間に対する意識が乏しい可能性が高い。 特に、営業職の場合、成果に加えて時間管理までを求められることに戸惑うことが想定される。
 見直しにおいては、対象となる労働者に、いかに自分事として行動変容を促し、現場感のある持続可能なルールを策定するかが肝要となる。そのためにも、対象者を巻き込んだトライアル運用の実施をお勧めする。
 まずは、対象者に労働時間に関する基本的な法律や自社ルールを説明し、時間管理の必要性をしっかりと腹落ちさせる必要がある。その上で、トライアル運用期間を設け、対象者が労働時間の実態と向き合い、限られた時間の中で自らの働き方や業務遂行の在り方を考えて試行錯誤する機会を設けることが有効だ。そして、対象者のトライアル経験に基づくより良い働き方・より良い業務遂行に関するアイディアを取り入れ、ルールを策定する。可能ならば、その後再度トライアル運用を行い、1回目からの変化を対象者自身が自覚する機会を設けると、新しい働き方への自発的な行動変容がより一層期待できると考える。

最後に

 新型コロナウイルス感染症防止という必要に迫られ、固定概念を取り払って働き方を抜本的に見直してきた企業も多いだろう。事業場外みなし労働時間制の見直しも、それと同様に、これまでの当たり前に囚われず、 自社労働者の心身の健康を真に守るために、また自社法的リスクを未然に防止するために、全社で知恵を出し合って見直しを進めたいものだ。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルティング事業本部 組織人事ビジネスユニット

HR第2部 マネージャー吉田 英里(よしだ えり)

社会保険労務士事務所勤務後、スタートアップ企業にて人事労務部長として人事労務全般に従事。 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社入社後は、社労士としての専門性及び企業人事経験で得た現場感を大切に、人事関連のコンサルティングに従事。

  • 経歴(入社年月)2019年10月

  • プロジェクト実績

    人事制度改定・定着支援
    多様な働き方制度検討(テレワーク、副業、外勤営業の働き方見直し 等)

  • 保有資格

    社会保険労務士
    国家資格キャリアコンサルタント