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コラム

「人的資本の行政対応について」「月単位の変形労働時間制の運用における注意点」など 人事労務関連レポート2022年3月号

2022 年3 月3 日

三菱総研DCS、社労士事務所による人事労務市場の「今」を解説。今日から業務に役立つ情報から今後の法改正などの情報までトータルでお届けいたします。

トピックス

「労働環境」を巡る世界の動き⑤
- 「人的資本」の行政対応について -

2月2日の日経新聞朝刊の一面に、「人材の価値 開示に指針 ― 政府 企業に育成戦略など促す」という記事が掲載されました。
内閣官房が2月に専門会議を設置し、開示項目や評価方法について具体的な検討に入り、

  • 開示項目としては女性や外国人社員の比率および中途採用に関する情報、人材教育についてはリスキリング(学び直し)や社外での学習機会の方針等を設定する
  • ハラスメント行為の防止策も評価の対象とする
  • 開示をテコに企業の人材戦略の強化を後押しする
といった施策を実施することで、人的資本の情報開示に前向きに取り組む企業に資金が集まるようにし、国内外における競争の底上げにつなげたいとしています。さらに、将来は、上場企業を中心に有価証券報告書への記載を義務づけることも視野に入れる、と報じています。
「人的資本」の情報開示について、欧米が先行していることは前号までに述べてきましたが、我が国の政府においても「人的資本」の情報開示に取り組む流れが出てきました。
持続的な企業価値の向上と「人的資本」については、2020年9月に、経済産業省のもとで伊藤邦雄一橋大学教授が座長を務める「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書(人材版伊藤レポート)が発表されています。
伊藤座長は、報告書の中で以下のように述べています。
「企業価値の持続的成長を実現するため、わが国では 2010 年代に入ってコーポレートガバナンス改革が進められている。重要な事実は、企業価値の主要な決定因子が有形資産から無形資産に移行していることである。無形資産の中でも人的資本は経営の根幹に位置づけられるべきものである。その意味で人的資本の価値創造は企業価値創造の中核に位置する。にもかかわらず、平時や順境にあるときは、人的資本に関わる問題を本質的に捉え、抜本的に考え直す姿勢がどうしても弱かった。しかし、それではグローバルな企業価値競争の世界で淘汰されてしまうだろう。」
「これからは、人的資本の価値を最大限に引き出す方向に創造的かつ柔軟に変われる企業と、そうでない企業との間には、埋めがたいほどの企業力の差が生ずるだろう。」
この研究会が指摘するポイントは、「持続的な企業価値の向上を実現するためには、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠である。一方、企業や個人を取り巻く 変革のスピードが増す中で、目指すべきビジネスモデルや経営戦略と、足下の人材及び人材戦略のギャップが大きくなってきている。」という現状において、このギャップをどのように埋めるか、という点です。このギャップを解決するための、経営戦略と連動した人材戦力の在り方について、モデルを使い整理しています。
このモデルでは、人材戦力の具体的な内容として5つの共通要素(①能動的なポートフォリオ②個人・組織の活性化③リスキル・学び直し④従業員エンゲージメント⑤時間や場所にとらわれない働き方)が示されていますが、各要素は、前号に示したISO30414の項目に相通ずるものがあります。
人材版伊藤レポートの対象は上場企業を想定していますが、基本的な考え方は非上場企業にとっても参考になると述べています。とても参考になる内容であるとともに、報告書が指し示す方向へ最初の一歩を踏み出すためには、経営トップ層の理解と決断が最も重要と感じさせれられるものです。

1か月単位の変形労働時間制の運用における注意点

1か月単位の変形労働時間制は、労働契約の締結時点では労働日・労働時間を確定的に定めず、後日作成されるシフト表等において具体的な労働日・労働時間を確定させるため、その時の事情に応じて柔軟に労働日・労働時間を設定できるというメリットがありますが、誤った解釈により運用すると違法・無効となるため注意が必要です。過去の記事において過去の判例(ダイレックス事件⦅長崎地判令3.2.26⦆)で、法の定めを満たさないとして制度が無効となった事例を掲載しましたが、再度、1か月単位の変形労働時間制の運用における2つの注意点についてお伝えします。

【1か月単位の変形労働時間制の要件】

1か月単位の変形労働時間制を導入するためには、労使協定または就業規則その他これに準ずるものにより、変形期間を1か月以内とし、変形期間の起算日を定め、変形期間における法定労働時間の総枠の範囲内で各日・各週の労働時間を特定する必要があります(労基法32条の2)。日又は週につき法定労働時間を超えて労働させることが可能になるため、労働者の生活に与える影響が大きいことから、変形期間における各日、各週の労働時間をできる限り具体的に特定させ、労働者に与える不利益を最小限にとどめる必要があるのです。

【注意点① 変形期間開始後の勤務指定の変更について】

変形期間が開始された後に、すでに決定している勤務指定を変更することは原則として許されません。変形期間開始後に勤務指定の変更を行うために、就業規則で変更条項を定めている場合でも、決定した労働時間を変更する具体的な変更事由を何ら明示しない包括的な内容のものは、労基法32条の2の求める特定の要件を欠くため、それよる所定労働時間の変更は違法・無効なものとなります。
東日本旅客鉄道事件(東京地判平12.4.27)では、変形期間が開始した後に勤務指定を変更したところ、従業員が労基法32条の2に違反するとして、割増賃金の支払いを求めました。判決では就業規則にある「業務上の必要がある場合、指定した勤務を変更する」との変更条項の定めは、具体的な変更事由を何ら明示しない包括的な内容のものであるから、どのような場合に変更がおこなわれるかを予測することが不可能であり、それによる変更は労基法32条の2の求める特定の要件に欠ける違法・無効なものとして、割増賃金の支払いを命じています。

【注意点② 1か月単位の変形労働時間制と固定残業について】

2021年12月号でもお伝えしましたが、1か月単位の変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間あたり40時間以内でなければなりません(労基法32条第1項)。シフト表等で定めた所定労働時間がそもそも固定残業時間を含み、1週平均40時間を超えるような設定をしている場合については制度自体が無効となります。その結果、過去の判例(ダイレックス事件⦅長崎地判令3.2.26⦆)では1週40時間を超える部分はすべて時間外労働に該当するとし、割増賃金の支払いを命じています。

在職中の年金受給の在り方:在職定時改定の導入

令和2年5月29日に成立した「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」により在職中の年金受給の在り方の見直しが図られ、それに伴い改定される厚生年金保険法が令和4年4月に施行されます。内容は大きく分けて二つあり、一つは、同号でお知らせしました通り、60 歳~64 歳の在職老齢年金の支給停止の基準額の改定(28万円⇒47万円)です。
もう一つの大きな制度改正が在職定時改定の導入で、こちらは65歳以上の被用者が対象となります。これまでは、65歳以降に納付した厚生年金保険料は、退職もしくは70歳到達による資格喪失時に、老齢厚生年金の支給額に反映されていましたが、今回の制度改正により、今後は年に1回反映されることとなります。これにより、65歳以降も就労を継続したことの効果が早期に年金額の増加として表れるので、年金を受給しながら継続的に働く方の経済基盤の充実に繋がると考えられます。
この年1回の在職定時改定は、毎年10月に行われます。具体的には、毎年9月1日を基準日として、老齢厚生年金の受給権者が基準日に厚生年金の被保険者である場合(当日の資格取得者は除く)に、その前月(8月)までの被保険者であった期間の記録をもとに10月以降の年金額が改定されます。また、基準日に被保険者ではなくても、資格喪失日から次の資格取得日までの期間が1月以内で、この期間中に基準日が到来した場合も同様の改定が行われます。
従来の退職もしくは70歳到達による資格喪失時の改定については、今後も変わりません。厚生年金被保険者の資格喪失後、資格取得しないままに1か月経過したときは、資格喪失月の前月までの被保険者であった期間の記録にもとづき、資格喪失日から1か月経過した日が属する月より年金額が改定されます。
つまり、令和4年4月以降は、65歳以降に納付した厚生年金保険料は、毎年10月、70歳前の退職時、70歳到達時に年金額に反映されることになります。
尚、在職定時改定導入の効果について、厚生労働省では、月額20万円で1年間就労した場合、年金の受取額は年13,000円程度増えるとの試算を示しております。(在職老齢年金による支給停止は反映せず、経過的加算を含まない場合。)

新しい認定基準に基づき判断が見直され労災認定される

居酒屋チェーンで勤務していた調理師が脳内出血になり後遺症が残ったことに対する労災認定をめぐり、残業が平均月80時間などの過労死ラインに満たないとしていったんは労働基準監督署に退けられたものの、その後一転して令和3年12月に認定されました。
令和3年9月14日付で「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」として約20年ぶりの脳・心臓疾患の労災認定基準の改正後の新基準に基づいて決定が取り消しとなり、労災認定されたのは初めてとなります。
直近1か月で残業100時間または直近2~6カ月で残業が平均80時間を超える場合が労災認定される1つの基準とされていましたが、新基準はそれに加えて新たな文言が明記されました。認定基準改正のポイントは次の通りとなります。

①長期間の過重業務の評価に当たり、労働時間と労働時間以外の負担要因を総合評価して労災認定することを明確化。
②長期間の過重業務、短期間の過重業務の労働時間以外の負担要因を見直し。
③短期間の過重業務、異常な出来事の業務と発症との関連性が強いと判断できる場合を明確化。
④対象疾病に「重篤な心不全」を追加。

これをうけ、労働基準監督署は調理師の残業時間の平均が直近2~6カ月では最大約75時間半だったとした上で不規則な深夜勤務などの負担を総合考慮し改正認定基準により評価し直した結果、過重業務による負荷が認められると判断し労災を認めました。

日・フィンランド社会保障協定の発効

厚生労働省は11月25日、令和元年9月に署名されていた「社会保障に関する日本国とフィンランド共和国との間の協定(日・フィンランド社会保障協定)」が、令和4年2月1日から効力を生ずることを公表しました。
現在、日・フィンランド両国の企業等からそれぞれ相手国に一時的に派遣される被保険者等(企業駐在員等)には、両国で年金制度及び雇用保険制度に加入が義務付けられているため、社会保険料の二重払いの問題等が生じています。こうした問題を解決するため、協定の規定により派遣期間が5年以内の一時派遣被用者等は、原則として、派遣元国の年金制度および雇用保険制度のみに加入することになります。また両国での保険期間を通算して、それぞれの国における年金受給権を確立できることになります。この協定が発効することで、企業及び、駐在員等の負担が軽減され、両国の人的・経済的交流が一層促進されることが期待されます。

協会けんぽ 介護保険料を3年ぶりに引き下げへ

全国健康保険協会(協会けんぽ)は令和4年度の政府予算案を前提とした収支見込みを発表しました。介護保険料率は今年度の1.80%から0.16ポイント減少し、1.64%になる予定としています。介護保険料率は平成31年から令和3年度まで、3年連続で過去最高の料率を更新してきましたが、3年ぶりに減少に転じることになりそうです。