コラム
雇用調整の動向と中堅・中小企業における実行のポイント
2021 年1 月6 日

組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルタント羽淵 崇之
新型コロナウイルスの影響による業績悪化を背景に、企業の雇用調整に向けた動きが活発化しており、大企業では、事業の構造改革とあわせて大規模な人員削減を実施する例も見られる。一方で、人員確保に苦戦しがちな中堅・中小企業が雇用調整に取り組む際は、短期的な人員・人件費の削減効果だけに着目せず、実行に伴う様々なリスクを想定することがポイントと考える。また、雇用調整を将来の業績・生産性の向上に向けた施策として捉える観点も重要であろう。本稿では、雇用調整の動向や施策例とともに、中堅・中小企業が雇用調整に取り組む際のポイントをご紹介したい。
1. 雇用調整の動向
まず、「雇用調整」という言葉について、一般化された定義がないため、本稿では「企業が総額人件費を抑制又は合理化させるための取り組みの総称」と定義する。
日本企業は、雇用慣行や法的な制約(整理解雇の要件等)を背景として、社員(特に正社員)の雇用を守ることを重要視してきた。とりわけ、雇用調整の一環として人員削減を行うことは、業績が大きく悪化した際の最終手段とされてきた。
ところが、昨今では、好業績企業が人員削減を断行する、いわゆる「黒字リストラ」が増加している。これは、年齢構成の是正や事業への経営資源集中を背景に削減を図ったものと思われる。雇用調整の動向を把握するうえで参考となる東京商工リサーチの「上場企業の希望・早期退職募集状況」の調査によると、2019年通年の上場企業における早期・希望退職の件数は、2018年通年と比較すると約3倍に増加(12社→35社)しており、かつ、2019年通年における赤字企業は15社(42.8%)で、半分以上の企業が黒字だった※1。
一方、コロナ禍による急激な業績悪化を背景に、雇用調整の動向は大きく変化している。前述の調査結果によると、2020年10月29日までに早期・希望退職者を募集した上場企業は72社に達し、2019年通年(35件)の2倍以上に急増している※1。また、赤字転落から人員削減に動いた企業は54社(75%)で、2020年は業績悪化によるリストラが増加しているようだ※1。

※1(出所)東京商工リサーチ「上場企業「早期・希望退職」募集企業 前年比2倍超に急増」2020/10/30
2. 雇用調整の一般的な施策例
前述の通り、足元では雇用調整が増加しており、今後の業績推移に応じて雇用調整を検討する企業も少なくないと想定されるため、参考までに諸施策の例を以下にてご紹介する。施策は、「総額人件費の構成要素(人員数×人件費単価)」及び「施策の準備・効果発現に要する期間(短期・中長期)」に基づき分類している。
これらの施策は、雇用調整の目的や達成基準(いつまでにどの程度の人件費削減を目標とするか等)に応じて、個別に、又は組み合わせて取り組みがなされる。
また、前述の黒字リストラは、中長期的な観点による施策も交えて実施されるのに対し、通常のリストラは、短期的な観点での施策が中心となることが多い。
短期的に取り組む施策 | 中長期的に取り組む施策 | |||||||||||||||||||||||
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人員数を調整する施策 |
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人件費単価を調整する施策 |
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3. 中堅・中小企業で想定される雇用調整に伴うリスク
中堅・中小企業が、雇用調整の諸施策を検討するにあたり、人件費の削減効果だけに目を奪われると危険である。中長期的に組織に生じる様々なリスク要因を想定しておくことが重要と考える。以下にて、中堅・中小企業が雇用調整を行う際に、特に懸念されるⅠ)~Ⅳ)の各観点において、想定されるリスク要因とその背景(中堅・中小企業の一般的な特徴)を整理している。
観点 | 雇用調整により想定される主なリスク要因 | リスク要因の背景 (中堅・中小企業の一般的な特徴) |
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Ⅰ)人材の「量」的な不足 |
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Ⅱ)人材の「質」的な不足 |
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Ⅲ)組織風土の悪化 |
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Ⅳ)労使関係の悪化 |
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4. 中堅・中小企業における雇用調整のポイント
上記の各リスクを踏まえて、中堅・中小企業の雇用調整のポイントを「施策内容(何を)」と「実行プロセス(誰が・どのように)」に分けて紹介する。
まず、施策内容は、人材の「質」「量」に関するリスク(上記3.Ⅰ)Ⅱ))を踏まえて、従業員の雇用(人員数)の維持を前提としつつ、総額人件費を抑制する施策を中心に検討することがポイントである。具体的には、残業・休日・深夜勤務の抑制、休業やワークシェアリング、兼業・副業の促進、他社への一時出向等が、法的なリスクや準備期間等を考慮し、比較的取り組みやすい施策である。なお、政府も、雇用維持を前提とした雇用調整に対して、雇用調整助成金を支給する等の支援を行っているため(2020年11月末時点)、公的な制度もうまく活用したい。
次に、実行プロセスにおいては、組織風土や労使関係に関するリスク(上記3.Ⅲ)Ⅳ))の観点を踏まえて、中堅・中小企業の一般的な特徴である「経営トップが発揮するリーダーシップの影響力の大きさ」及び「経営トップと社員の距離感の近さ」を生かすことが重要なポイントになるだろう。具体的には、経営トップ自ら、雇用調整の目的や実施後の業績回復イメージ、将来の成長に向けたビジョン・シナリオ等を、直接現場に出向く等して社員に繰り返し伝えるイメージだ。従業員の士気を維持し、また、諸施策に対する納得感が高まることで無用な労使トラブルの回避にもつながる。
ここまで、雇用調整のリスクに注目してポイントを述べてきたが、発想を転換し、雇用調整に伴う一連の施策を、将来の業績・生産性の向上に向けた種まき(準備)のための施策として捉えることも重要だ。
例えば、兼業・副業や出向等の施策を、人材育成の取り組みや、将来の事業開発に向けた仕掛けとして捉えることもできる。人材育成の観点では社内では得られない経験・スキルの獲得、事業開発の観点では異業種との交流から新たなアイデアが創出されることや、社外との人脈形成が期待できるだろう。
また、休業を検討する場合の例でいえば、休業予定日の一部を出社、あるいは在宅勤務日とし、オンライン研修等の充実により従業員の自己啓発や学び直しを支援したり、日頃の繁忙期に手がつきにくい生産性向上に向けた業務フローの見直しや非効率業務のシステム化等の検討・実行に時間を充てることも考えられる。
以上のように、中堅・中小企業が雇用調整を検討するにあたって、様々なリスクを踏まえて「守りの姿勢」をもって取り組むことは重要だが、将来の業績・生産性の向上に向けた「攻めの姿勢」をあわせ持つことで、雇用調整に対する選択肢や取り組み方は大きく変わるのではないだろうか。
組織人事ビジネスユニット 組織人事戦略部 コンサルタント
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルタント羽淵 祟之
会計系コンサルティングファームでの人事労務コンサルティング支援(7年間)等を経て、2020年3月に三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在は人事制度の構築支援を中心に従事
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主なコンサルティング実績
- 製造業(東証一部上場)
- 定年延長導入を含む人事制度の改定
- 住宅販売業(複数社)
- 定年延長導入ガイドラインの策定・定年延長に伴う人事制度改定
- 製造業
- 人事制度改定を中心とした人材マネジメント変革
- 製造業等(東証一部上場)
- 企業再編に伴う人事制度統合時の現状分析・制度統合支援
- 上場準備企業(数十社・業種は多様)
- 株式上場審査に向けた労務管理体制全般の高度化支援
- 製造複ほか複数社
- 企業買収に伴う労務デューデリジェンス・就業規則統合支援
- 非上場企業(複数社・製造業等)
- 事業承継に伴う人事制度・人事管理体制の高度化支援
- 電気設備業
- ES調査の設計・実施、賃金制度(賃金カーブ)改定
- 小売業(東証一部上場)
- 同一労働同一賃金対応に向けた現状分析
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保有資格
社会保険労務士