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コラム

「脳・心臓疾患労災認定基準の見直し」「ワクチン休暇」など人事労務関連レポート2021年8月号

2021 年8 月19 日

三菱総研DCS、社労士事務所による人事労務市場の「今」を解説。今日から業務に役立つ情報から今後の法改正などの情報までトータルでお届けいたします。

トピックス

脳・心臓疾患労災認定基準 20年ぶりの見直しへ

厚生労働省は、6月22日に脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会に脳・心臓疾患に対する労災認定の報告書案(以下、報告書案)を示し、労災認定基準を20年振りに見直す方針を明らかにしました。
現状、下記1~3の業務による明らかな荷重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患を労災として認定するとしていますが、月80時間とされている時間外労働時間の「過労死ライン」が労災認定を左右するハードルとなっているとの指摘があり、今回の見直しでは、労働時間の長さ以外の負荷要因である「勤務時間の不規則性」や「心理的・身体的負担を伴う業務」などを総合的に考慮して業務上外を判断する考えを示しています。

現行の脳・心臓疾患の労災認定基準

  1. 直前の異常な出来事(発症直前~前日までの間に時間・場所を明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと)
  2. 短期間の荷重業務(発症~1週間前までの間に特に過重な業務に就労したこと)
  3. 長期間の荷重業務(発症前1~6ヵ月前にわたり、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと)

※厚生労働省の通達により、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間について①発症前1か月間におおむね100時間、②発症前2か月から6カ月にわたり1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症の関連性が強いと評価できるとしています。

心理的・身体的負担を伴う業務における過去の裁判例

直近の判例では、昨年12月名古屋地裁で、ヤマト運輸の社員が自死したのは業務の心理的負荷が原因だったとして、遺族が労災認定などを求めた訴訟がありました。判決によると、発病する4カ月前の時間外労働が約134時間にのぼり、その後も月57~79時間で、心身の疲労が蓄積していたと指摘しています。直前の時間外労働時間は過労死ラインを超えていませんが、業務中に部下や自身の事故が相次ぎ、責任や勤務への不安もあったとして、発病と業務との因果関係を認定しています。
また、過去の判例では、福岡地裁において、養殖業者に対する魚薬等の営業販売に従事していた社員が心不全で死亡したのは、業務の心理的負荷が原因だったとして労災認定をした事例があります。判決によると発症前の6か月の時間外労働時間は1か月あたり70時間前後であり、過労死の認定基準を下回っていましたが、死亡直前に取引先の社長の要求に応えて、海に転落する危険性がある作業をするなど肉体的疲労かつ精神的緊張が大きかったことを考慮して発病と業務との因果関係を認定しています。

改定予定の脳・心臓疾患の労災認定基準について

現行の認定基準でも「就労態様の諸要因も含めて総合的に評価されるべき」と定められていますが、時間外労働時間のみで判断されやすいと指摘をされており、19年度に脳・心臓疾患で労災認定された事例のうち、時間外労働時間が80時間未満だったのは全体の約1割になっています。
今回の見直しでも、過労死した労働者の遺族や弁護士から過労死ラインを月65時間に見直すべきだという意見が出ていましたが、報告書案では月80時間を維持しました。一方で新たな評価方法では、過労死ラインに達していなくても、それに近い水準の時間外労働をしていて、労働時間の長さ以外の負荷が認められる場合は「業務と発症の関連性が強いと評価できる」と判断することとしています。具体的には、例えば「休日のない連続勤務」、「勤務間インターバルが短い業務」などの判断材料が追加されています。

今回の労災認定基準の見直しについて、早ければ8月中にも新たな認定基準を全国の労働基準監督署に通知することとなっており、今後の労災認定では、時間外労働時間だけではなく、労働者の勤務形態や就業環境が総合的に考慮される方針です。新型コロナウイルスの影響で在宅勤務が広まるなど働き方の多様化や職場環境の変化が生じている中で、従業員の労働時間の管理や健康状態の把握が難しくなっています。会社として、これまでに以上に従業員個々に対して積極的にコミュニケーションを図り、総合的に把握し配慮していく必要があります。

ワクチン接種に関する休暇や労働時間の取り扱い

ワクチン接種のための休暇が企業の労務管理として話題になっていますが、河野太郎規制改革担当相が経済団体に対し普及を呼び掛け、対応を検討することにしたことから、注目されているものです。しかし、この休暇には統一したルールがあるわけではなく、どんな制度にするかは個々の企業が判断しており、こうした休暇を総称して「ワクチン休暇」と呼んでいます。
厚生労働省では、以前より「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」を公表しています。随時更新されていますが、令和3年5月20日時点版において、「ワクチン接種に関する休暇や労働時間の取扱い」に関するQ&Aが公表されています。
具体的には、ワクチン接種に関する休暇や労働時間の取扱い(問20)に、特別休暇制度や出勤のみなし(労働の免除)などが言及されています。職場における感染防止対策の観点からも、労働者が安心して新型コロナワクチンの接種を受けられるよう、ワクチン接種や、接種後に労働者が体調を崩した場合などに活用できる休暇制度等を設けていただくなどの対応は望ましいといえます。

<新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)>
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html

厚生労働省の新型コロナワクチンの予診票・説明書・情報提供の資料に接種後の注意点が記載されているリーフレットがありますので、どういった反応が出るのかを認識して制度設計をしていくとよいと考えます。
なお、年次有給休暇とは別のワクチン休暇を導入できない企業においては、有給の休暇制度を導入しなくても、中抜けや遅刻早退を賞与の査定としないことや、時差出勤といった対応策も選択肢の1つとなるかと思います。
労務管理上の注意点として、企業の方針をあらかじめ表明しておく方が、従業員にとっても予約をしやすいと思います。また、体質などによってワクチン接種を見合わせる従業員をどのように取り扱うか、いわゆるコロナハラスメントに注意して考え方を整理する必要があると思います。

<接種後の注意点リーフレット>
https://www.mhlw.go.jp/content/000805693.pdf 〈武田/モデルナ社〉
https://www.mhlw.go.jp/content/000805694.pdf 〈ファイザー社〉

雇用調整助成金等の特例措置が9月末まで継続される予定です

新型コロナウイルス感染症に係る雇用調整助成金・緊急雇用安定助成金、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金の特例措置については、現在8月末まで実施されることになっていますが、今般、緊急事態措置区域として東京都が追加されるとともに、埼玉県、千葉県、神奈川県及び大阪府においてまん延防止等重点措置を実施すべき期間が延長されたこと等を踏まえ、9月末まで継続する予定です。

詳細は右記URLをご参照ください。https://www.mhlw.go.jp/stf/r309cohotokurei_00001.html

また、10月以降の助成内容については、8月中に決定・公表されることになっていますので、厚生労働省のHP等でご確認ください。

夫婦共働き世帯の被扶養認定の取扱いが明確化されます

夫婦ともに働いていて健康保険組合等の被保険者である場合の子やその他扶養家族をどちらの被扶養者にするかという認定について、より明確な基準を厚生労働省が公表しました。(令和3年4月30日付通達)
主な内容は次の通りです。

原則として、今後1年間の見込み収入(以下「年間収入」とする)が多いほうの被扶養者とする。
※現行では、前年の年収が多い方の被扶養者とすることになっています。
夫婦双方の年間収入の差が、年間収入が多いほうの1割以内である場合は、届出により、主として生計を維持する者の被扶養者とする。
夫婦双方またはいずれか一方が共済組合の組合員で、その者に扶養手当の支給が認定されている場合には、その認定を受けている者の被扶養者として差し支えない。
最初に被扶養者追加の届出を受けた保険者(A)が被扶養者として認定しない場合には、不認定通知を出す。
 ⇒不認定通知を受け取った被保険者は、配偶者が加入する保険者(B)へ被扶養者追加の届出書を提出する際に不認定通知を添付する。
 ⇒不認定通知とともに届出を受けた保険者(B)は、審査の結果、保険者(A)の決定に疑義がある場合は、保険者(A)と協議の上決定する。協議が整わない場合は、保険者(A)に届出が提出された日の属する月の標準報酬月額が高い方の被扶養者とする。夫婦の標準報酬月額が同額の場合は、被保険者の届出により主として生計を維持する者の被扶養者とする。
主として生計を維持する者が育児休業等を取得した場合、育児休業期間中は特例的に被扶養者を異動しないこととする。
年間収入が逆転した場合は、年間収入が多くなった被保険者が加入する保険者が扶養を認定することを確認してから、現在の扶養を削除する。

これらの基準は令和3年8月1日から適用されます。

個人事業主(自転車配達員・IT人材)の労災保険 特別加入について

厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会は6月18日、飲食店の料理などを自転車で宅配する配達員や、フリーランスで働くIT人材について、企業に雇用されない個人事業主でも労災保険に入れる「特別加入制度」の対象に加える省令案の要綱を了承しました。令和3年9月から施行されます。
厚生労働省で公表されている資料によると、フードデリバリーのプラットフォームサービスを開始した6社の登録者数の合計は、15万6,800人で、このうち自転車での配達員は9万人くらいと推計されます。実際にはサービスに複数登録している配達員や、直接雇用されている配達員も一定数含まれるため、正確な実数把握は困難ですが、今後もデリバリーサービスの利用者増加に伴って、個人事業主の配達員はさらに増加していくと思われます。
フリーランスのIT人材は、約17.6万~25.6万人(一般社団法人ITフリーランス支援機構推計)いるとされています。長時間のデスクワークや不規則な生活リズムによる心筋梗塞や狭心症、腰痛、ヘルニア等の例や、長時間労働の過度なストレスによる精神障害、抑うつ等の例が多く見られます。
労災保険は原則、雇用労働者が対象ですが、建設業の一人親方など、働き方が労働者に近い人については、自身で保険料を払うことで補償が受けられることとされていました。今年4月には、芸能従事者とアニメーション制作従事者、柔道整復師の3業種が追加されております。今回の改正もそれに続くものとなります。

PCR検査費用等の非課税取扱いについて

国税庁の「在宅勤務に係る費用負担に関するFAQ」によると、企業の業務命令により労働者が受けたPCR検査の費用など、業務のために通常必要な費用について企業が従業員に支給する一定の金銭については、給与として課税する必要はないとされています。
また、新型コロナウイルスへの感染が疑われる労働者を、感染予防のためホテルなどで勤務させる場合は、旅費規程等に基づき企業が従業員に支給する一定の金銭等には、給与として課税の必要はないとされています。

「全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律」が可決・成立

2021年6月4日に「全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律」が可決・成立し、6月11日に公布されました。

  1. 育児休業中の保険料免除要件の見直し (施行日:2022年10月1日)

    【改正前】【改正後】

    育児休業等を開始した日の属する月から終了する日の翌日が属する月の前月までの期間についての保険料を免除。

    ①育児休業等を開始した日の属する月と終了する日の翌日が属する月とが異なる場合
     ⇒開始日の属する月から終了日の翌日が属する月の前月までの月の保険料を免除。

    ②育児休業等を開始した日の属する月と終了する日の翌日が属する月とが同一であり、かつ、当該月における育児休業等の日数として厚生労働省令で定めるところにより計算した日数が14日以上である場合
     ⇒当該月の保険料を免除。

  2. 任意継続被保険者制度の見直し (施行日:2022年1月1日)

    【改正前】【改正後】

    ①従前の標準報酬月額又は当該保険者の全被保険者の平均の標準報酬月額のうち、いずれか低い標準報酬月額に保険料率を乗じた額を負担する。

    ②任意継続被保険者となった日から起算して2年を経過したとき、保険料を納付期日まで納付しなかったときなどの資格喪失事由に該当するに至った日の翌日に資格を喪失する。

    ①健康保険組合(協会けんぽ以外)について、従前の標準報酬月額が当該保険者の全被保険者の平均の標準報酬月額を超える任意継続被保険者について、規約に定めることで、従前の標準報酬月額とすることも可能となる。

    ②資格喪失事由に任意継続被保険者でなくなることを希望する旨を、厚生労働省令で定めるところにより、保険者に申し出た場合において、その申出が受理された日の属する月の末日が到来したときを追加。

  3. 傷病手当金制度の見直し (施行日:2022年1月1日)

    【改正前】【改正後】

    支給を始めた日から起算して1年6か月を超えない期間を支給する。

    支給を始めた日から通算して1年6か月間を支給する。

  4. 後期高齢者医療における窓口負担割合の見直し(施行予定日2022年10月1日から2023年3月1日までの間において政令で定める日)

    【改正後】

    後期高齢者医療の被保険者のうち、現役並み所得者以外の被保険者であって、一定所得以上(※)であるものについて、窓口負担割合を2割とする。
    ※課税所得が28万円以上かつ年収200万円以上(単身世帯の場合。複数世帯の場合は後期高齢者の年収合計が320万円以上)とし、政令で規定する。
    ※長期頻回受診患者等への配慮措置として、外来受診において、施行後3年間、1か月の負担増を最大でも3,000円とする措置については、政令で規定する。