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コラム

なぜ今、就職氷河期世代支援が進められているのか?

2020 年5 月8 日

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

アソシエイト加藤 瑛里子

 2019年6月、政府は経済財政運営の指針である「骨太の方針」の中で、就職氷河期世代支援を進める方針を打ち出した。「就職氷河期世代支援プログラム」として施策内容を発表するとともに、12月には行動計画を公表して、政府として3年間の集中的な支援に取り組み、就職氷河期世代の正規雇用者を3年で30万人増加させる目標を掲げている。


1. 就職氷河期世代とは

 “就職氷河期世代”とは、1993年~2004年に大学・大学院を卒業し、バブル崩壊後の雇用環境が厳しい時期に就職活動を行っていた層を指し、現在35~44歳の人材が中心層となる。企業が軒並み新卒採用を抑制したことで、希望する就職ができず、正社員ではない雇用形態での就業を余儀なくされたものが多く存在した。厚生労働省の「職業安定業務統計」による有効求人倍率をみても、1993年~2004年にかけて1倍を下回っており、1999年には年平均0.48倍にまで低下している(2020年1月時点では1.49倍)。新卒一括採用を続ける流動性の乏しい日本の労働市場環境において、不況の流れを受けた企業内での成果主義の促進、非正規雇用割合の増加といった雇用環境の変化も進む中で、現在も正社員として働くことができずにいる者が存在している。
 総務省の「労働力調査基本集計」によると、氷河期世代の中心層となる35~44歳は約1,689万人(2018年時点)おり、非正規社員が371万人、労働に従事していない者が219万人を占める。今回政府が掲げる「就職氷河期世代支援プログラム」においては、下記人材が支援対象となり100万人程度を見込んでいる。

  • 正規雇用を希望していながら、不本意に非正規雇用で働く者
  • 就業を希望しながら、様々な事情により求職活動をしていない長期無業者
  • 社会とのつながりを作り、社会参加に向けてより丁寧な支援を必要とする者
 本稿では、政府が進める就職氷河期支援プログラムの目的・内容の概要を解説するとともに、企業の先行事例を踏まえながら、支援に向けた企業の取組み方を考えていきたい。


2. 就職氷河期世代支援プログラムとは

~なぜ今就職氷河期世代支援が進められているのか?

 これまでも政府は、「若者自立・挑戦プラン(2003年)」に取りまとめる等、就職氷河期世代を含む人材の育成やキャリア形成を支援する施策を推進してきた。今回の就職氷河期世代支援プログラムは、これまでの支援策を拡充しつつ、他方では新たな支援策を3年間集中的に講じることで、支援を加速させる狙いがある。
 昨年話題に上がった「老後資金2,000万円問題」からも想起される通り、少子高齢化に伴う年金財政圧迫の中で、今後給付減額が実施されることは想像に難くない。就職氷河期世代を過ごし、非正規雇用で働く者・長期無業者の中には、給付減額によって将来的に生活保護受給者となりうる者も存在する。政府は、今回の就職氷河期世代支援を、社会保障費の増大を回避する一つの手段とするとともに、人手不足が懸念される業界と連携することで、人手不足への解決策の一助としたい考えだ。


~これまでの支援策と何が異なるのか?

 「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」によると、今回の就職氷河期世代支援プログラムの概要は下記の通りである。就職機会の拡充、及び支援体制の強化が柱となっている。

支援の方針 支援の具体的施策
1. 相談、教育訓練から就職、定着まで切れ目のない支援 就職相談体制の確立
  • ハローワークに専門窓口を設置、専門担当者のチーム制による伴走型支援
就職支援と一体型のリカレント教育の確立
  • 業界団体等による短期間での資格取得・正社員就職の支援、特に下記業界での就業支援(観光業、自動車整備業、建設業、造船・舶用工業、船員等、農業、林業、漁業)
採用企業の受入機会の増加につながる環境整備
  • 採用選考を兼ねた社会人インターンシップの推進
  • 助成金の見直しによる企業インセンティブの強化
2. 個々人の状況に合わせた、より丁寧な寄り添い支援 アウトリーチの展開
  • アウトリーチ支援員による、家庭訪問による信頼関係構築、関係機関相談への同行、就労支援等
自立支援機関の連携強化や施策拡充による支援の輪の拡大
  • ひきこもり地域支援センターに専門チームを設置、多様な社会参加機会の提供
 従来の支援策と比較して、全く新しい支援策が提示されたわけではないが、ハローワークへの専門チームの設置や助成金の拡充等、就職氷河期世代に特化した施策が複数盛り込まれた。また、農業・林業・漁業への就業支援内容の拡充や、ひきこもり経験者への支援策としてアウトリーチの展開といった、支援を推進するための取組み強化が示されている。

3. 就職氷河期世代支援を進める企業事例

 こうした政府の支援プログラムのもと、採用対象に「就職氷河期世代」を掲げる企業の動きが始まっている。

パソナグループ
対象 地方創生を通じた様々なキャリア構築を望む方 ※年齢不問(就職氷河期世代歓迎)
募集人数 以下2つのコースに分けて採用
一定期間の研修終了後は、能力・適性を鑑みてコースに合わせて各地域・職種に配属
  • 「淡路島地方創生コース」営業・サービス職/専門事務職
    研修終了後、主にパソナグループが取り組む淡路島での事業に参画し、“人材誘致”による地方創生事業にチャレンジするコース
  • 「UIJターン地方創生コース」
    研修終了後、UIJターンを実施することで全国各地域にて地方創生事業にチャレンジするコース(※パソナグループ全国拠点やプロジェクトでの就労)

(出所)パソナグループ公式ホームページ「パソナグループ採用情報 就職氷河期世代Middles Be Ambitious(MBA)制度」より一部抜粋
(注釈)新型肺炎の感染拡大回避のため、現在は選考や面接を見合わせています


山九株式会社
対象 正社員雇用の機会に恵まれなかったいわゆる「就職氷河期世代」で、当社に就職を希望する方
募集人数 正社員として毎年100 名、3 年間で合計300 名の採用枠を設けます。
選考にあたっては、採用のミスマッチを未然に防止する為、必要に応じて2・3 日間程度の社会人インターンシップを行います。

(出所)山九株式会社公式ホームページ「就職氷河期世代支援正社員募集」より一部抜粋


 上記2社は、就職氷河期世代を対象あるいは歓迎し、インターンシップによる採用や、採用後の研修制度を充実させ、就職氷河期世代の活躍支援を進める企業である。政府の支援プログラムは昨年開始したばかりであり、企業事例はまだ少ない状況ではあるが、こうした動きが今後広がることが予想されている。


4. 就職氷河期世代支援に向けて

 ここまでご紹介した、政府による就職氷河期世代支援プログラムは、昨年開始したばかりであり、その内容には各方面から賛否両論の声がある。
 「なぜ対象が就職氷河期世代限定なのか。」「氷河期世代の中でも対象外の世代には対応がないのか。」「3年間のプログラムの中で本当に効果が見込めるのか。」
 批判の声も多い状況ではあるが、就職氷河期世代を対象に正規の事務職員を募集した兵庫県宝塚市には、3人の採用枠に全国から1,816人の応募があった。倍率は約600倍。就職氷河期世代の中で、正社員雇用を望む人材が多く存在することは明らかである。
 政府主導でプログラムを推進したとしても、受け入れ先の企業がなければ、就職氷河期世代支援は実現しえない。受け入れ企業にとっては、新たな人材の採用・活用による組織活性化、レピュテーションの向上といったメリットが期待されている。但し、就労経験が少ない人材を受け入れる場合は、配属前に彼らの適性を見る、あるいは相互理解を深めるためのトレーニングを実施する等、新たな人材が組織に馴染むための仕組みを整えることは必要である。今回の支援プログラムの中では、就職氷河期世代を対象とした助成金やハローワークの取組みも進められている。まずは都道府県労働局やハローワークに相談することから始めてほしい。少子高齢化が進む日本において、一人でも多くの人材の就業を支援し、企業における人材活用を進めることは喫緊の課題である。政府と企業が協力することで、就職氷河期世代支援の取組みにおける更なる発展を期待したい。