コラム
ダイバーシティ経営に関する企業の取り組み
2020 年3 月3 日
コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルタント武笠 真理
経営環境の変化や労働力不足が進む中、経済産業省では、「多様な人材を生かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」のことを「ダイバーシティ経営」と称し、経営戦略の一つとしてダイバーシティに取り組むことを推奨している。本稿では実際にダイバーシティ経営を行っている企業の事例を紹介しつつ、これから本格的に取り組みを進めようとする企業や、既に取り組みを実施しているが思うように効果が出ないと感じている企業に対し、ダイバーシティ経営に取り組む際の留意点について解説したい。
1. ダイバーシティに関する現状
1985年に「男女雇用機会均等法」が制定されてから、この30年あまりのうちに「ダイバーシティ」という言葉の日本社会への浸透は随分進んだように感じられる。一言でダイバーシティといっても、企業における取り組みには様々なものがあるが、その中でも、比較的早い段階から多くの企業が女性活躍推進に取り組んできた。そのため、本章ではダイバーシティの中でも女性活躍の状況に焦点を当てて、現状を確認する。
総務省の「労働力調査」によると、労働力人口に占める女性の割合は年々高まっている。1985年には労働力人口総数5,963万人に対し女性は2,367万人、割合にして約39.7%だった。これが2018年には労働力人口総数6,830万人に対し女性は3,014万人、割合にして約44.1%となり、4.4%増加している。
しかし女性の就労は進んでいる一方で、女性管理職(女性の管理的職業従事者(就業者のうち、会社役員、企業の課長相当職以上、管理的公務員等))の比率には大きな高まりが見られない。
2019年12月17日に世界経済フォーラム(WEF)が発表した、世界各国の男女平等度を示すジェンダーギャップ指数のランキングにおいて、日本が過去最低の153か国中121位となったことは記憶に新しい。ジェンダーギャップ指数は、経済・教育・健康・政治の4分野14項目それぞれのスコアを基に算出されるが、今回の日本の結果は、特に経済と政治の分野のスコアが低迷していた。中でも経済分野のスコアを引き下げる一因となった項目は、管理職・リーダーへの登用における性差であった。
また、厚生労働省の平成30年度雇用均等基本調査(企業調査)によると、役員を含む課長相当職以上の管理職に占める女性の割合は11.8%である。10年前の平成21年度の値は10.2%であるので、この10年で民間企業の管理職に占める女性割合の伸びは1.6%ということになる。管理職は、企業組織の中でも要となるポジションであり、組織と組織、人と人、経営者と労働者をつなぐ立場にあるといえる。そのような管理職への女性登用が進んでいないという実態は、日本企業が女性をはじめとする多様な人材を組織の中で十分に活用できていないという一つの指標になりうるのではないかと考えられる。実際に、昨今拡大するESG投資に携わる機関投資家が、企業の投資判断等、業務において女性活躍情報を活用しているとする内閣府の調査結果がある。その調査によると、機関投資家が女性活躍情報を活用する理由として「企業の業績に長期的には影響がある情報と考えるため」という回答が7割を占めたという。さらに調査では、機関投資家らが女性活躍情報を企業の業績に影響がある情報だと考える理由として、①イノベーション、②働き方改革による生産性向上、③人材の確保(採用・リテンション対策)、④(グループシンク(同質思考)による)リスク低減の4つを挙げている。特に③に関しては、今の日本は少子高齢化により15歳から64歳までの生産年齢人口が減少し続けており、今後は企業の労働力確保がさらに難しいと見込まれるということも背景の一つだろう。一方で、経営環境の変化のスピードは増すばかりであり、その環境変化に対応できる人材を確保し続けることは、どの企業においても優先度の高い課題であるといえる。女性に限らず、多様な人材の管理職登用を行う体制が整っていない企業においては、画一的なキャリアパスによる内部の閉そく感や不公平感から、人材の流出、採用難度の上昇などのリスクが発生する可能性がある。また、優秀かつ多様な人材を管理職に登用することにより、新たな視点に基づく業務の改善や、新市場の開拓などが得られる可能性があるが、彼らを非管理職に留めたままで、十分な裁量を与えないことは企業にとって、大きな機会損失となるだろう。
2. ダイバーシティ経営に取り組む企業の事例
前章では、日本において女性活躍、特に女性の管理職登用の進みが鈍いことを確認したが、この章では、女性管理職の人数あるいは比率を高めることに成功している企業2社の取り組みを紹介する。
企業名 | カルビー株式会社 | ||||||||||||||
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業種 | 製造業 | ||||||||||||||
取り組みの背景 | 2008年、現会長の松本晃氏を社外取締役として招聘。2009年には会長兼CEOに迎えた。会長は就任後、当時課題となっていた低利益率体質の改善のためには、既に社内に多数いるものの登用が進んでいなかった「女性」が活躍する必要があり、男女問わず全社員が仕事のやり方(プロセス)よりも結果で認め合うことが不可欠であると考えた。そのための組織改革の一つとして、同社はダイバーシティ経営を進めた。 | ||||||||||||||
取り組み (一部を抜粋) |
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成果 (一部を抜粋) |
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(出所)経済産業省「平成29年度 新・ダイバーシティ経営企業100選 100選プライム 100選 ベストプラクティス集」
カルビー株式会社「ダイバーシティ経営推進のストーリー」「100選プライム企業となるまでのダイバーシティの道のり」より一部抜粋
企業名 | SCSK株式会社 | ||||||||||||||||
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業種 | 情報・通信業 | ||||||||||||||||
取り組みの背景 | SCSK株式会社(以下「同社」)は、2011年に住商情報システム株式会社と株式会社CSKが合併したことにより誕生した。合併当時、過酷な労働環境が常態化するIT業界の中で、同社では今後の労働人口の減少を見据え、他社との差別化を図るためには、限られた貴重な人材がフェアに評価され、能力を最大限発揮し活躍できることが要であると考えた。そこで、経営理念における「私たちの3つの約束」の1つに「人を大切にします。」を掲げた。合併の翌年である2012年に「ダイバーシティ推進課」を設置し、本格的なダイバーシティ推進に踏み切った。 | ||||||||||||||||
取り組み (一部を抜粋) |
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成果 (一部を抜粋) |
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(出所)経済産業省「平成30年度 新・ダイバーシティ経営企業100選 100選プライム 100選 ベストプラクティス集」
SCSK株式会社「SCSK株式会社におけるダイバーシティ経営推進のストーリー」「ダイバーシティ2.0行動ガイドラインと対応したSCSK株式会社の取組はこれだ!」より一部抜粋
3. まとめ
第1章では、日本国内では継続して女性活躍の取り組みが進められてきたにもかかわらず、特に女性管理職の登用については、はかばかしい進捗が見られないことを確認した。一方、個々の企業におけるダイバーシティの取り組み度合いを見る場合、企業によって施策の内容や進捗は千差万別ではあるが、一つの目安として、女性管理職の数や比率を参考にすることができるのではないかと考えられる。
第2章では、ダイバーシティの取り組みによって、女性管理職数を増やすことに成功している企業の例として、カルビー株式会社とSCSK株式会社の2社の事例をご紹介した。事例の両社に共通している点としては、①ダイバーシティの取り組みを経営戦略の1つと捉え、経営トップが力強く推進していること、②女性に限らず、全社員の働きやすさと主体的なキャリア形成を実現する仕組みを構築していること、③制約のある社員に対し業務との両立を支援する策だけではなく、評価制度や昇格ルール・教育機会など、対象者が会社内で活躍できるような場を提供する策まで踏み込んで実施していること、という3点が挙げられる。例えば、小さな子供がいる有能な女性社員がいた場合、単に時短勤務制度を整えて活用を促すだけでは、企業の対応として不十分である。時短勤務であってもフルタイム勤務の社員と同様に成果を残していれば、その成果については公正に評価されるべきであり、評価に基づく昇格機会や社内外の教育機会なども制限されるべきではない。彼女が「私は時短だから…」などと委縮することなく、主体的にその組織におけるキャリアパスを描くことができるような仕組みを実現していくべきであろう。この3点がダイバーシティの取り組みを進める際の留意点と考えられる。
昨今の経営環境の変化はその速さを増す一方である。変化の中で各企業が高い競争力を発揮しながら生き残っていくためには、戦略的に、多様な人材がその能力を十分に発揮して活躍できる企業環境を整えることが一層重要となっていくだろう。