MURC

コラム

人生100年時代におけるマルチステージキャリアの形成支援

2020 年1 月8 日

組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部 兼 イノベーション&インキュベーション室

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルタント毛利 綾花

1. 人生100年時代における企業を取り巻く環境

 日本における平均寿命は、男性が81歳、女性が87歳(2019年時点 厚生労働省「簡易生命表」)であり、今後も伸び続ける見込みである。企業では、「人生100年時代」を見据えた雇用の在り方を考える必要性が高まっている。
 これまでの労働モデルは、学校を卒業後、就職して、同一会社で定年まで、あるいは転職しながら定年まで働き、その後はリタイア生活を送るモデルである。 企業におけるリタイア年齢(高年齢者雇用安定法の施行もあり、原則65歳)は、働く者からすると、人生の折り返し点に過ぎず、人生100年時代を見据えるとそれではリタイア後の人生が長すぎる。「WORK SHIFT 1」によれば、人々の働き方は、学生、労働者、リタイアして老後を過ごすという3段階モデルから多段階の労働モデルへ一層シフトしていくとされている。 例えば、「同一の会社」で「定年まで」働く人ばかりではなく、定年前にリカレント教育(「『職業上必要な知識・技術』を修得するために、フルタイムの就学と、フルタイムの就職を繰り返すこと」(文部科学省))により学びなおし、あるいは、転職して異なる職業へシフトし、場合によっては元の会社へ戻って働き、定年を迎えた後もやりがいをもって生き生きと働き、自分が納得できる年齢でリタイアしたのち老後をゆっくり過ごすというモデルへの転換が想定される。 実際、若年層を中心に、単一キャリアへの危機感も醸成されており、転職に否定的な意見は2割に満たない(「平成30年度版 子供・若者白書」)。転職を通じてキャリア形成を図る意識は着実に社会的に高まってきている。
 企業が、人材マネジメントを考える場合、従来の労働モデルを前提とするだけでなく、人生100年時代を見据えた労働モデルへの対応を考える必要がある。 アプローチとしては、社員が休職して学びなおすリカレント教育への対応や転職や育児などの都合により退職した社員を迎え入れる再雇用制度などシームレスな雇用管理が考えられる。 本稿では以降において代表的な制度であるカムバック制度を紹介する。

*1「WORK SHIFT」リンダ・グラットン著 池村 千秋訳(プレジデント社)


2. 企業によるマルチステージキャリアの支援内容(カムバック制度)

 カムバック制度について、本稿では、「育児・介護・配偶者の転勤による退職のみならず、転職・キャリアアップ等により退職(私傷病や懲戒などを事由とした退職を除く)した社員を再度社員として受け入れる制度」と定義する。
 カムバック制度は、労働力不足の解消、採用コストの削減、ライフステージごとに見たワークライフバランスの実現といった企業メリットがある。カムバック制度を実際に導入している企業を見ると、女性活躍推進施策の一環として位置付ける企業においては、退職事由を出産・育児・介護に限定する傾向が見られるが(厚生労働省委託事業 女性の活躍・両立支援総合サイト 両立支援のひろば)、他社への転職や留学などのキャリアップまで含めるケース、さらには原則として退職事由を問わないケースも見られる。
 育児・介護等のやむを得ない事由による退職者は、企業からすると社員としての心理的な一体性を損なっておらず再雇用しやすい。 会社への帰属意識を重視し、同質的な社員構成による阿吽の呼吸による職務遂行を重視する場合には退職事由を絞った制度設計と運用が重要になるものと考える。ただし、業務から離れていることから、業務知識等の陳腐化等の懸念があり、退職期間の上限を設定している場合が多い。
 一方、転職やキャリアアップによる退職は、業務スキル面での陳腐化は発生しないものの、企業との心理的な一体性は途切れているため、再雇用を躊躇する側面は否めない。 ただし、転職やキャリアアップ等で退職する社員の中に当該企業におけるハイポテンシャル層が多数いる場合にはこれらの事由であっても迎え入れる制度は合理性がある。
 再雇用のプロセスは、面接、適性検査などを通じて審査するケースが大半だが、過去の就労経験もあるため、その審査においては優遇選考がなされると推察する。 再雇用後の処遇については、詳細は不明だが、退職前と再雇用後の勤続年数を通算するなどの再就職メリットを用意しているケースも存在する。


企業名 退職事由 雇用区分、勤続、退職期間
セコム株式会社 2 出産・育児・介護 勤続3年以上・過去10年以内に退職された正社員
テルモ株式会社 3 介護・結婚・出産・育児・配偶者の転勤 正社員社員
継続して満3年以上勤務
離職期間10年以下
コニカミノルタ株式会社 4 育児・介護・配偶者転勤帯同を事由としたやむを得ない事情 正規従業員
応募期限は退職から5年以内
転職・留学など、キャリアアップ事由 正規従業員
退職からの応募期限は設けない
大日本印刷株式会社 5 【Aコース】
主として転職や自己啓発を理由とした退職者が対象、 原則として問わない(私傷病休職期間満了退職を除く)
本採用従業員
勤続年数、応募までの期間不問
【Bコース】
結婚、妊娠、出産、育児、介護、配偶者の転勤
本採用従業員
勤続年数3年以上、離職期間5年以内

*2セコム株式会社HP  https://www.secom.co.jp/recruit/jobreturn/
*3テルモ株式会社HP  https://www.terumo.co.jp/careers/career_return/
*4コニカミノルタ株式会社HP  https://www.konicaminolta.com/jp-ja/recruit/jobreturn/index.html
*5大日本印刷株式会社HP  https://www.dnp.co.jp/saiyo/jobreturn/



3. 今後の展望

 人生100年時代と言われ労働者の就労意識が今後一層変化していくと思われる。企業の人材マネジメントの在り方も労働者の意識の変化を踏まえて変化していく必要がある。
 労働市場の流動性が今後も高まるであろうと考えると、人材の確保、定着は企業における重要課題であり続ける。その場合、いったん採用し、教育を施した後、職務経験を積んだ社員が退職したとしても、企業における潜在的な雇用管理の対象、つまり「広義の社員」として認識し続けることが重要であり、本人が再雇用を希望した場合には円滑に迎え入れる制度を整備することは自然である。
 すでに触れたが、カムバック制度は結婚や介護など非自発的な事由による退職者に限定する制度から、キャリアアップなどの自発的な退職者、さらには退職事由を問わず受け入れる制度へと拡大していく方向になると推察する。そして、このような制度そのものの拡張だけでなく、人材マネジメントの対象が、前述した「広義の社員」との認識に基づき、退職後の元社員の管理までを含めて拡張すると考える。 退職者が現在の就労場所からのキャリアチェンジを考えた際に自社を第一想起させることができれば、カムバック制度の実効性が高まり、カムバック制度が人材調達の重要なチャネルになり得る。 退職者の管理は、例えば退職者のSNSを立ち上げ、定期的に経営からのメッセージや自社の経営計画、求人情報などをアナウンスし、退職後も企業と元社員の接点をバーチャルに維持し続けるだけでなく、退職者によるオフ会を開催するなどリアルのネットワーク機会まで設け、バーチャル、リアルの両面から強力に退職者のネットワーキングを行うなどの手段をすでに実施している企業もある。
 今後、労働市場において人材の流動化が一層進むと想定すれば、カムバック制度の拡張は不可避だろう。