MURC

コラム

企業の価値を高める「健康経営®」の取組み

2019 年9 月3 日

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルタント井上 洋一

 近年、企業と個人を取り巻く環境は大きく変化している。特に「少子高齢化による労働人口の減少」の影響から売り手市場が進み、企業を支える人材の確保は益々困難になっている。このような状況下では優秀な人材の確保、定着、活用が大きな課題であり、これからの時代において企業の競争力を高めるためにはどのように解決していくかを考える必要がある。
 一方で、我が国においては「少子高齢化による労働人口の減少」と相まって従業員の高齢化が進み、国民の高齢化に伴い増加し続ける国民医療費が健康保険組合等の財政悪化を招いている。その結果として健康保険料の上昇という形で企業や個人の負担の増加につながっていることから、企業や個人においても自助努力が必要となってきた。また、定年延長が促進されるなか、高齢になってもこれまでのように働くためには健康である必要があり、そのためには早い段階から健康を維持する取組みが必要である。
 このような状況において、企業における「従業員の健康を維持・促進することへの投資」として、「健康経営」が注目されている。そこで本稿では、「健康経営」について、その概要と企業の取組みを紹介する。


1. 「健康経営」とは

 NPO法人健康経営研究会において健康経営とは、『「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても 大きな成果が期待できる」との基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、 戦略的に実践すること』としている。
 では、従業員の健康に配慮することによって、企業にどのようなメリットがあるのか。経済産業省では、『健康経営の推進は、従業員の活力や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績や企業価値の向上につながると期待される』という考えを示している。
 端的に言えばどういうことなのか。健康経営による取り組みとその効果を以下にとりまとめた。

図表1:健康経営の仕組み
経済産業省 「企業の「健康経営」ガイドブック(改訂第1版)」を参考にMURC作成

 健康経営の取り組みは、企業と従業員にWin-Winの関係を構築することであり、どちらかが一方的に利益を得るというものではない。そして、健康経営を実現するためには、経営側が「健康経営」に関心を持ち、率先していくことが前提となる。短期的な経営視点で見るとコスト増となる一面は当然あるが、中長期的には企業にとっても価値をもたらす投資である事に着目したい。


2. 企業における取組み事例の内容

 では実際に先行的な企業はどのようなことに取り組んでいるのか。経済産業省では2015年から東京証券取引所と連携しながら健康経営銘柄アワードを実施している。ここでは多くの企業がエントリーしている中で、ROEによる財務指標スクリーニングを経て上位の企業のみ選定される「健康経営銘柄2019」の事例から一部を紹介する。

企業名 取組内容(アワード資料抜粋)
テルモ株式会社 グループ横断的なチームで取り組む健康的な組織づくり。コミュニケーションを重視し、社員のやる気をグループ横断的なチームで取り組む健康的な組織づくり。コミュニケーションを重視し、社員のやる気を大きな推進力に変える 社員一人ひとりが自らの健康を大切にすることが企業の持続的成長と医療への貢献につながると考えるテルモ株式会社では、人材と組織の活性化に向けた具体策として健康経営を位置づけ、経営層が率先して取り組みを行っています。
グループ会社を含む各事業所に健康経営推進者を配置し、産業保健スタッフを含めた横断的なチームを構築。密な情報共有と結果検証を行い、施策の改善・改良を重ねながら取り組みを進めています。「喫煙率・メタボ率の低減」「がんの早期発見・早期治療・職場復帰」「ウィメンズヘルス」「自発的取り組みの奨励」を重点ポイントに掲げ、きめ細かな制度設計やコミュニケーションを重視したサポートを行い、個々人がやる気とやりがいを持って取り組める環境づくりを推進。社員だけでなく、その家族を含めて健康に対する理解が促進されるなど、医療で社会を支える企業としての風土醸成にもつながっています。

引用元:経済産業省 健康経営銘柄2019選定企業レポート

 上記以外にも健康経営銘柄2019選定企レポートに記載のある先進的な企業においては、個人の健康増進が着実に進んでいるといった結果が見られる。これらの企業では、健康経営の実現に向けて企業と健康保険組合が連携する、いわゆるコラボヘルスの取り組みや、専門人材を配置することで手厚いサポートを提供する企業は少なくない。とはいえ、このような大規模な取り組みは企業にとっての業務負荷が大きくなるため、まずは健康を維持するため会社として健康宣言を行い、自社の課題を確認したうえで簡単な取組みとして以下のような点からでもスタートしては如何だろうか。

  • ポスター等を掲載し日常の動線の中で健康を意識できる環境をつくる
  • 社内の3フロア以内はエレベーターを使わないで階段を使うことを義務化する
  • 管理職と連携し、時間外労働抑制のため夕方以降に新たな業務指示はしないよう徹底する
  • 運動習慣の奨励として、毎日の歩数でマイレージ競争を実施する運動習慣の奨励として、毎日の歩数でマイレージ競争を実施する

 上記のような小さなことからでもスタートし、その発展として専門部署または担当者の設置や施策のPDCA評価等へと広げていくというステップがある。ゆくゆくはタレントマネジメントシステムの導入や各社の属する保険者のデータを活用したコラボヘルスといった、IT活用によって社員の健康増進することも視野に入ってくるだろう。


3. 今後の展望

 企業が健康経営へ取り組むメリットは徐々に広がっている。例えば、日本政策投資銀行では優遇された融資条件を設定し、その他の金融機関や行政では融資や入札加点といったインセンティブが提示されている。経済産業省は「ESG投資」と並んで「健康経営投資」を国際社会に向けて提唱していく方向で進めており、今後の普及に向けて、より一層のエビデンスを重視した健康経営格付を整備している。

 その一方で、労働力人口の減少、働き方改革の推進、ワーク・ライフ・バランスの意識の高まりといった時代の変化に伴い、企業と従業員の関係のあり方も大きく変容しようとしている。2019年から施行された働き方改革関連法によって働き方そのものが見直されるなか、従業員の生産性の向上は喫緊の課題となっている。健康経営の実践により、健康増進を通じて個人の健診結果の改善や生活習慣の改善が図られ、個々人のプレゼンティズムの解消から生産性の改善が図られるといった効果が期待されることから働き方改革の1つの解決策となるのではないだろうか。

 これからの経営にとって従業員の健康は個人の問題に留まらず、組織的、社会的な意味合いを帯びるものとなりつつある。労働者にとっても自身の健康へ配慮してくれる企業は魅力的であり、今後は健康経営が就職を決める1つの要素となる可能性もあるだろう。採用、定着、活用、そして企業価値の向上という観点からも、企業の人事担当者および経営層の方々にはこの機会に健康経営に取り組むことを推奨したい。

*「健康経営 ®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です