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コラム

タレントマネジメントとその運用を支えるシステム導入に向けて

2019 年7 月2 日

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

アソシエイト田中 健治

 現在、日本では「生産年齢人口の減少に伴う構造的な人手不足」や「働き方関連法案の成立」、「共働きなどのライフスタイルの変容」など、雇用を取り巻く環境が大きく変化している。
 このような環境の変化に対応するため、「組織」と「個人」の両側面から、各社で様々な取り組みが実施されている。組織への対応としては、多様な社員が活躍しやすい環境整備としての地域限定正社員の導入や、組織の一体感を高める組織開発などがある。一方で、個人への対応としては、パーソナライズされた人材育成や、個人のキャリア希望に沿った業務の付与などが挙げられる。具体的な取り組みは多岐に渡るが、これらに共通する点は、多様な人材を前提とした人事管理を志向していることだ。
 本稿では、近年、クライアントから相談を受けることが多い、個人を対象とした人事管理手法であるタレントマネジメントおよびその運用を支えるタレントマネジメントシステムの導入について解説したい。


1. タレントマネジメントとは

 まずタレントマネジメントとは、どのような取り組みを指すのか。世界的な人材開発・人材マネジメントに関する団体のタレントマネジメントの定義から見ていきたい。SHRM(人材マネジメント協会)とASTD(米国人材開発機構)によるタレントマネジメントの定義は以下の通りだ。

協会名 定義
SHRM(人材マネジメント協会) 人材の採用、選抜、適材適所、リーダーの育成・開発、評価、報酬、後継者養成等の人材マネジメントのプロセス改善を通して、職場の生産性を改善し、必要なスキルを持つ人材の意欲を増進させ、現在と将来のビジネスニーズの違いを見極め、優秀人材の維持、能力開発を統合的、戦略的に進める取り組みやシステムデザインを導入すること
ASTD(米国人材開発機構) ビジネスゴールと整合をとり、「職場風土創り(Culture)」「組織一体感の醸成(Engagement)」「人材の維持・開発(Capability)」「人材補強・強化(Capacity)」の視点から、実現しようとする短期的かつ長期的に人的資本を最適化・最大化する、統合的な取り組み

(出所)
*¹『タレントマネジメント概論 人と組織を活性化する人材マネジメント施策』(2015年 大野)
*²『実践 人材開発 HRプロフェッショナルの仕事と未来』(2017年 下山)

 両団体によるタレントマネジメントの定義をまとめると「企業の戦略や目標の実現に向けた、戦略的・計画的な人材マネジメントを可能とする包括的な取り組み」と言えよう。また、具体的な施策としては、「戦略的な人材採用」、「適材適所での人材活用」、「計画的な育成」、「優秀な人材のリテンション」、またこれらを効果的に運用するための「システム導入」などが挙げられる。


2. タレントマネジメントの導入事例

 では、各企業で、どのようにタレントマネジメントに取り組んでいるのだろうか。タレントマネジメントに取り組んでいる企業のうち、アニュアルレポート、CSRレポートで公開されている事例を紹介したい。

企業名 取り組み内容
近鉄グループホールディングス
  • タレントマネジメントシステムの導入
  • 2017年8月、個人と組織のパフォーマンスを高めることを目的に、人事基本情報、職務履歴、自己申告、評価といった社員一人ひとりの情報を一元管理する、タレントマネジメントシステムを導入しました。今後、対象者を拡大し、情報の蓄積、分析を進めることで、経営環境に合わせた人事戦略の策定に役立てていきます。
中外製薬
  • 経営陣の高いコミットメントにより、各々の育成プランを構築
  • 「タレントマネジメント」については、2012年から人財と能力の可視化を図り、個々の人財の育成を目的としたタレントマネジメントシステムを構築。各部門で中長期的な人財育成方針について議論を行い、人財育成プランを策定すると同時に、将来の経営人財となるタレントプール(次世代リーダー候補者の母集団)をつくってきました。
  • 基準と基盤をグローバルレベルで刷新
  • タレントマネジメントの推進の前提ともなる「コンピテンシーに基づく育成」では、中外製薬で求められる思考・行動を明確化し、評価軸でもあるコンピテンシーを共通化しています 2017年は、上記のタレントマネジメントシステムの進化に合わせて、人財マネジメントの基幹システムを刷新しました。

(出所)
近鉄グループホールディングス HP「CSRレポート2018」(同社HPで2019年5月確認)
中外製薬 HP「アニュアルレポート2017」(同社HPで2019年5月確認)

 近鉄グループホールディングスでは、「個人と組織のパフォーマンスを高めること」を目的にタレントマネジメントシステムを導入している。一方で、中外製薬では、タレントマネジメントの目的を「個々の人材育成」においている。タレントマネジメントの目的は、各社各様だが、実際の取り組みに着目すると、「社員情報の一元化」や「人材と能力の可視化」と言った、社員情報を収集し、活用するという点では同じである。ここからも分かるように、タレントマネジメントに取り組むためには、どのような社員がどれだけいるかを把握すること(社員情報の一元化/可視化)がスタートになるだろう。そのためにも、社員情報を一元で管理する仕組みがあることが望ましい。


3. タレントマネジメントシステム導入における注意点

 上述のとおり、タレントマネジメントに取り組むうえでの最初のステップは社員情報の把握であり、社内に散在する社員情報を一元で管理できる仕組みが必要となる。多くの企業では給与計算システムやExcel等の表計算ソフトで人材データベースを整備しているが、以下に記載している各システムの特徴を踏まえると、タレントマネジメントを実施するためには専用システムの導入が好ましいだろう。

【主なシステム別の特徴】

主なシステム 特徴
給与計算システム 給与や税金などを効率的に計算するシステム。勤怠管理から入退社手続き、各種帳票の作成ができる。人材の可視化や評価ワークフロー等の機能よりも、給与計算に特化している。
主なシステム利用者は人事部門。
Excelなどの表計算ソフト 計算をすることに特化しているソフト。様々な計算式により計算、集計、表示などができる。 社員名簿のようなリストや社員の分布状況をグラフ化することもできる。登録できるデータ数に限りがあり、また、他のシステムで更新された情報の自動収集は困難。
タレントマネジメントシステム 社員の基本情報、人事評価結果、異動履歴などの人材に関わる情報を収集、一元管理し、活用するためのシステム。 社員が自ら情報を登録したり、他のシステムと連携したりすることで最新情報を取得することができる。 また、最新のシステムでは社員情報を分析し、社員のモチベーションや組織の活性度を可視化することも可能。

 では、具体的にタレントマネジメントシステムを導入するとなった場合、どのようなステップで進めるのがよいのだろうか。一般的なタレントマネジメントシステムの導入の流れと注意点をまとめた。

 タレントマネジメントシステムの導入ステップは以下の通りだ。「1.導入目的の明確化→2.制約条件の確認→3.RFP(Request For Proposal:提案依頼書)の作成→4.ベンダー選定→5. 要件定義→6.導入→7.運用」補足だが、クラウド型のシステムの場合は、「3.RFP(Request For Proposal:提案依頼書)の作成」と「5.要件定義」が一緒になることが多い。本稿では、タレントマネジメントシステムの導入の成否を分ける「1.導入目的の明確化」、「2.制約条件の確認」について解説する。

*³システム導入形態は大きくオンプレミスとクラウドの2種類ある。オンプレミスとは、自社内でシステムを構築する形態であり、クラウドとは、インターネットを通して、サービスを利用する形態である。オンプレミスは自社の仕様に応じてカスタマイズが可能である一方、開発に費用や期間が必要となる。クラウドでは、システムによって仕様が明確に決まっており、カスタマイズの余地が少ないが、導入が容易であり、オンプレミスに比べ運用コストが低いことが特徴である。

1.導入目的の明確化

タレントマネジメントシステムで実現したいことを明確化する。具体的には、以下の項目を検討する

  • タレントマネジメントの目的(何を目指すのか)
  • タレントマネジメントの取り組み(実際にタレントマネジメントの施策として実施したいこと)
    例)戦略的な人材採用、最適な人材配置の実現 など
  • システムで実現したいこと/解決したいこと
2.制約条件の確認

導入に際しての制約となる条件(社内ルールや予算など)を確認する。特に、タレントマネジメントシステムは、社員個人の情報を登録し、また、人事部門以外の社員も利用するシステムであるため、セキュリティー等の要件を満たす必要ある。

  • 導入形態(オンプレミス/クラウド)の制約
  • 予算
  • 導入時期
  • セキュリティー
    例)システムベンダーがPマークやISO27001を取得しているか など

 弊社のクライアント先でも、タレントマネジメントの具体的な施策やシステムで実現したことを明確にしないままシステムのみを導入したため、結果として、やりたいことが実現できなかったという話を聞くことがある。システムを導入し、戦略的・計画的な人材マネジメントを実現するためにも、導入目的を十分に検討し、それを実現するためのシステムを構築することが何よりも大切だ。


4. 最後に

 現在、HR Techという言葉に代表されるように、テクノロジーが発達し、人事領域のデジタル化が進んできている。この代表的な取り組みの1つがタレントマネジメントシステムを活用した人事管理の高度化であり、本稿では、タレントマネジメントの本質的な意義と、システム導入における注意点を解説してきた。

 タレントマネジメントシステムを導入することにより、企業は、社員という貴重な経営資源の状態やレベルをリアルタイムで把握することができる。また、先端的なシステムでは、社員同士の相性や心理状態の変化なども可視化でき、これまで以上に個人に着目した人事管理の可能性が広がってきている。しかしながら、個人ごとの情報を把握しただけでは十分ではない。システムから提供される情報を有効活用し、企業の戦略や目標を実現できて、初めて価値のある取り組みとなる。システムを導入し、戦略の実現に向けた人事管理を実現していくためにも、今一度、企業が置かれた状況を適切に捉えたうえで、タレントマネジメントの目的と具体的な施策を検討することから始めることを推奨したい。