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コラム

副業・兼業制度の活用に向けた企業の取り組み
~~社員の定着・活躍を促し、企業の競争力を高める~~

2018 年10 月2 日

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルタント熊井 秀臣

 働き方改革関連法案の成立を機に、これからの企業人事には以前にも増して社員の視点に立った人事施策の検討が求められるようになる。本稿では社員のライフステージやキャリアに応じた働き方の1つとして副業・兼業の制度に焦点を当て、企業事例を紹介しながら導入の意義と企業の取り組み方について述べる。

1. 働き方改革における副業・兼業の位置づけと現状

 働き方改革実行計画 1では『働く方一人ひとりが、より良い将来の展望を持ち得るようにする』ために検討すべきテーマが9つ挙げられている。その1つとして「柔軟な働き方がしやすい環境整備」があり、その実現手段として取り上げられているのがテレワークと副業・兼業である2

 どちらも社員のライフステージやキャリアに合った柔軟な働き方を実現するために有効な手段であるが、テレワークについては導入企業が増えている3一方で、副業・兼業については希望する就業者が増加傾向にあるものの依然として85%超の企業では認めていない4。テレワークを導入する企業が増えている背景としては、働く時間や場所の制約を軽減・緩和することで働きやすい環境をつくり、介護や子育て中の社員の離職防止を含め社員の定着率を高めるねらいがあるものと推察される。他方で副業・兼業に慎重な姿勢を示す企業が多い背景としては、副業・兼業を導入せずとも離職が増えることは考えづらく、むしろ本業に支障をきたす、長時間労働に陥り社員が健康を損なう、副業・兼業先に情報や人材が流出するといった事態に繋がるのではないかと懸念していることが考えられる。

 ところが、昨今の働き方改革実現に向けた柔軟な働き方の1つとして取り上げられたことをきっかけとして、たとえば厚生労働省では副業・兼業を普及すべく、規定例と解説を示したモデル就業規則を改定し副業・兼業規定を新設したり、『副業・兼業の促進に関するガイドラインQ&A』を公表し労務管理に関する対応方法を示したりしている。こうした政府・行政の後押しにより、従来よりも副業・兼業制度を整備しやすい環境が整いつつある。

1『働き方改革実行計画(概要)』(2017年、働き方改革実現会議)
2 テレワークとは「ICT(情報通信技術)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」を指す(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/telework/18028_01.html)。
副業・兼業とは「収入を得るために携わる本業以外の仕事」を指す(「兼業・副業を通じて創業・新事業創出に関する調査事業研究会提言~パラレルキャリア・ジャパンを目指して~」(2018年、中小企業庁))
3『平成27年度通信動向利用調査』(2015年、総務省)によれば2015年までの過去3年間で9.3%から16.2%へと増加している。
4『副業・兼業の促進に関するガイドライン』(2018年、厚生労働省)。また、同資料によれば、副業・兼業を希望する就業者は2012年までの過去10年間で4.4%から5.7%に増加している。


2. 企業による「副業・兼業」制度の導入事例

 企業による「副業・兼業」に対する目的・取り組みは様々である。副業・兼業制度を導入することで優秀な人材を確保するという目的だけではなく、社外の知見や人脈を得て既存事業の強化・新規事業の創出に役立てるという目的もある。ただ、前述の通り副業・兼業を認めることにはリスクを伴うため二の足を踏む企業も多いと思われる。以下では、企業秘密や従業員数の観点で見ればハードルが高いと思われる製造業や大企業でありながら、副業・兼業の制度を導入した企業事例を2社紹介する。

 1つ目の事例は、ロート製薬株式会社である。「企業の枠を超えた働き方、そして社外の人と共に働くことで、社内では得られない大きな経験をすることができ、本人の成長に繋がる」という考え方に基づき2016年2月に副業・兼業制度を導入した。会社は2013年以降、食・農業や再生医療等の新規事業への挑戦を進めており、社員に成長の機会を与えつつ、副業・兼業を通じて得た新たな知見や人脈を会社に還元することで、将来的には新たな事業を生み出すことに繋げたいという考えが施策を導入した背景にあるものと考えられる。対象業務の制限はないものの、対象者を入社3年目以上に限定しており、本業への理解及び本業での働き方が一定程度身に付いた社員を対象としている点が特徴的である。

 2つ目の事例は、株式会社エイチ・アイ・エスである。「社外での経験を活かした社員のスキルアップや貢献意欲の醸成に努め、旅行業においてイノベーションを創出する」という考え方に基づき2018年5月に副業・兼業制度を導入した。本業との相乗効果が見込まれる通訳ガイドを対象業務とすること、また副業・兼業は二重就労ではなく個人としての事業を認めるものであるという点が特徴的である。一見すると条件が厳しいようにも思えるが、社員にとって見れば取り組みやすさや、労働時間管理のしやすさという点では利用しやすい制度であるとも考えられる。また、制度導入時点で二重就労は認めていないが、今後容認する前提として自社における長時間労働を軽減する方針が示されている。社員が副業・兼業によって健康を害すことがないようにするという健康管理の観点から見れば、今後導入を検討する企業にとって参考となる点である。


企業名 ロート製薬株式会社 株式会社エイチ・アイ・エス
業種 医薬品・化粧品・機能性食品等の製造販売 海外・国内旅行及びその付帯商品、サービスの提供
社員数 約1,400名(単体) 約5,581名(単体)
ねらい 会社で与えられた仕事だけをするのではなく、自分自身で考えて行動し、社会に貢献できる働き方をする社員が増えること 社外での経験を活かした社員のスキルアップや貢献意欲の醸成に努め、旅行業においてイノベーションを創出すること
内容 届け出後、下記条件を満たすものは容認・支援する。
条件:本業に支障をきたさないもの。(就業時間外・休日のみ可能)
※入社3年目以上の社員対象
訪日外国人旅行者の通訳ガイドの事業に携わることができる。ただし、個人としての事業を認めるものであり、二重就労の解禁は見送り
導入時期 2016年2月制定 2018年5月制定

ロート製薬株式会社HP>企業情報>会社概要 役員一覧、同HP>ホーム>採用情報>新卒採用>制度・文化を知る(2018年9月アクセス確認)
株式会社エイチ・アイ・エスHP>ニュースリリース>企業ニュース>2018.4.20「多様性を生み出す4つの働き方を導入」、同HP>ニュースリリース>IR情報>有価証券報告書>第37期(2018年9月アクセス確認)

3. 今後の展望と企業の取り組み方

 日本の労働人口が減少する中で、今後企業には社員の価値観の多様化、柔軟な働き方を認めることに対する社会的要請、企業を取り巻く事業環境の変化への対応が求められるようになる。これまでに見てきた通り、副業・兼業はその変化への対応の一手となり得る施策である。

 これから副業・兼業の導入を検討する企業においては、まずは制度の目的とあわせて、制度を活用してもらいたい世代を具体的にイメージしたうえで対象業務や対象者を決めることが必要となる。たとえば、若手社員で「知見を広げたい」と考える人が一定数見込まれるのであればNPOや社団・財団法人などのソーシャルセクターを推奨したり、高年齢社員で「定年退職後のセカンドキャリアを考えたい」と考える人が見込まれるのであれば定年退職後も長く関わることができる有償ボランティアを推奨したりするなど、自社でどのような副業・兼業が推奨されるのかを明らかにしておくと企業・社員双方にとって活用しやすい制度となる。制度導入のハードルが高いと考える企業では企業事例で見たように、まずは対象業務を本業に直結する業務に指定しておき、徐々に業務の範囲を広げていく方法がマッチすると思われる。なお、制度導入にあたっては、副業・兼業によって社員が得た知見や人脈を企業内で共有する場づくりの検討も欠かせない。これによって、社員が定着・活躍するだけでなく、企業の競争力が高まる効果を得られるようになるだろう。