MURC

コラム

「多様な正社員」の活用に向けた企業の取り組み

2018 年6 月1 日

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルタント名取 淳

「多様な正社員」の活用は従来から多くの企業により続けられてきた。本稿では「多様な正社員」を取り巻く環境を今一度概観した上で、特に近年の制度改定に見られる傾向を紹介し、今後の展望を述べる。

1. 「多様な正社員」を取り巻く環境

 短時間勤務社員や地域限定正社員などを有効活用する事例の記事やニュースを目にする機会は多いだろう。「残業や転勤に制限がある社員を今後いかに戦力にできるか」という企業の検討は今に始まったことではないが、中長期的なトレンドとして今後も一層重要視されると考えられる。

 上記の地域限定正社員のような社員を「多様な正社員」と言い、厚生労働省も活用を呼びかけている※1 。この「多様な正社員」とは「いわゆる正社員(従来の正社員)と比べて配置転換や転勤、仕事内容や勤務時間などの範囲が限定されている正社員のこと」を指すとされており、具体的には次のような雇用区分が多く用いられている。

※1 (出所) 『勤務地などを限定した「多様な正社員」の円滑な導入・運用に向けて』(2014年、厚生労働省)


表 1「多様な正社員」の具体例

区分 内容
  • 勤務地限定正社員
転勤するエリアが限定されていたり、転居を伴う転勤がなかったり、あるいは転勤が一切ない正社員
  • 職務限定正社員
担当する職務内容や仕事の範囲が他の業務と明確に区別され、限定されている正社員
  • 勤務時間限定正社員
所定労働時間がフルタイムではない、あるいは残業が免除されている正社員

・『勤務地などを限定した「多様な正社員」の円滑な導入・運用に向けて』(2014年、厚生労働省)をもとにMURC作成
・上記のように何らかの要素が限定された正社員に対し、”いわゆる正社員”とは「勤務地、職務、勤務時間がいずれも限定されていない」ものを指す

 実際に「多様な正社員」は日本企業でどの程度活用されているのだろうか。同資料1によれば2014年段階で、「多様な正社員」を導入・運用している企業は約5割に達しているとある。「多様な正社員」の活用が進められる背景には政労使それぞれの動機がある。行政の観点では、働き方改革の主要な項目として正規雇用・非正規雇用労働者の働き方の二極化を是正することが目標として掲げられている。企業の観点では、人材の採用・確保に課題を抱える企業が増えており、優秀な人材の確保・定着、技能の蓄積・伝承、地域の特色に応じた事業展開などに対する対策が必要となっている。労働者の観点では、働き方に関する価値観の多様化、介護・育児・傷病療養と仕事の両立のため、柔軟な働き方を希望する者が増えている。

2. 企業による「多様な正社員」活用の事例

 企業による「多様な正社員」活用の目的・取り組みは様々である。その中でも、これまでの「多様な正社員」活用施策は「正社員と同様に扱えない社員に対して雇用区分(職掌、就労コースなど)を固定的に区別して管理する」と考える傾向が強かった。一方昨今は働き方改革における生産性の向上や長時間労働是正の観点で、特定の社員だけでなく全社員に業務効率化・柔軟な働き方が奨励されている。そのような背景もあり「全社目線で必要な人が必要な時に柔軟に働ける環境を作る」という考え方がより重視されているように感じられる。以下では「多様な正社員」の活用施策の中でも新しい事例のうち特に特徴的なものを2つ紹介する。

 1つ目の事例は、まだ全国でも導入実績の少ない「週休3日制」を取り入れた損保ジャパン日本興亜ひまわり生命である。2017年に仕事と介護・育児との両立を支援する環境を整えることを目的として導入された。当社にもともとあった短時間勤務制度と併用することも可能な制度となっている。適用期間が最短1ヶ月からと短く設定されており、正社員として働く中で自身が必要な時に勤務形態の柔軟性を高められる所に特徴があると言える。同社の人員構成として子育て世代の若い社員が多く離職防止の必要性が高いことが、このような施策に注力する背景にあると考えられる。

 2つ目の事例は、2014年に在宅勤務制度を拡充した日産自動車である。同社では在宅勤務制度が長らく運用されており、初回の制度導入は2006年の育児介護従事者向けであった。同社では2010年、2014年にそれぞれ制度改定を実施しており、対象者の全社員への拡充・全社員向け利用上限時間の拡大を実施している。在宅勤務制度はテレワーク制度の一部として生産性向上・ICT化の推進という観点で語られる場面も多い。日産自動車でも直近の制度改定の対象は全社員だが、「多様な正社員」の活用という観点でも全社の勤務柔軟化を促す制度改定には意義が大きい。在宅勤務という仕組みを日頃から全社員に適用していれば、育児介護従事者とそうでない社員の双方が在宅勤務での仕事の進め方に対し共通認識を持ちやすくなり、「必要な時に必要な社員が柔軟に働く」ことがよりスムーズに実施できるようになると考えられる ※2

※2 在宅勤務制度の基準は育児介護従事者向けと全社員向けのそれぞれで内容が分けられている


表2「多様な正社員」の活用事例

企業名 損保ジャパン日本興亜ひまわり
生命保険株式会社
日産自動車株式会社
業種 生命保険 自動車製造業
施策名称 週休3日制(週4日勤務) 在宅勤務制度
対象 介護・育児により週4日勤務を希望する社員
  1. 育児介護従事者向け
  2. 全社員向け
内容 1週間のうち希望する曜日を特定介護休日
または特定育児休日と定め、週4日の勤務とする。
制度を利用する期間の制限はなく、
一ヶ月単位で申請が可能
以下の時間数在宅勤務が可能
  1. 所定労働時間の50%まで
  2. 月40時間まで
目的 仕事と介護、育児との両立を支援する環境を整える
  1. 育児介護の両立者支援
  2. 効率化、生産性の向上
導入時期 2017年9月に導入
  1. 2006年に導入
  2. 2010年に導入(2014年に拡充)

(出所) 損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険株式会社 ニュースリリース2017年7月13日(同社HPで2018年5月確認)
   日産自動車株式会社HP「多様な働き方ができるように」(同社HPで2018年5月確認)

3. 今後の展望と自社での検討

 今後、日本の労働人口が減少するに伴い、自社のビジネスに必要な人材の質・量をしっかり確保するという課題の重要度は増し、対処できた企業とできない企業の差はますます開いていくことが想定される。そのための打ち手として「多様な正社員」の活用を含む柔軟な働き方の推進がより求められるようになるだろう。

 自社での検討に際しては、働き方に関する社員のニーズをしっかり把握することに加え、人事処遇制度(資格等級制度・給与制度など)自体も再検討したい。社員のニーズを把握するためには顕在化している意見だけに注目するのではなく、例えば社員アンケート調査を実施して部署や年代を網羅した社員満足度を定量的に把握することや、離職時の原因分析を行うことが有効だろう。また処遇制度を再検討する場合、根幹となる人事制度に不明瞭さや実態に即していない部分があると、従来の正社員と「多様な正社員」の区別が曖昧になり社員の不公平感・不満の原因となる。その場合には、「多様な正社員」の当社における位置付けや運用を定義した上で全社の人事制度の詳細を設計し、透明で納得感のあるものへ改定することが有効である。