MURC

コラム

「長時間労働の是正」に向けた取組み施策の選び方

2019 年 4 月2 日

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルタント水江 無逸

 2019年4月より順次施行される働き方改革関連法案では、「長時間労働の是正」がテーマの一つになっている。労務管理上の対応に加え、企業はどのような対策に取組むべきか。 本稿では、長時間労働の実態を俯瞰した上で、行政や経済界の取組み、企業の実践・取組み事例を通じて、「長時間労働の是正」施策の効果的な進め方を解説する。

1. 長時間労働の実態

 厚生労働省の調査によると、平成25年を起点として5年間の労働時間の推移を見た場合、パートタイム労働者 12は所定内労働時間及び所定外労働時間共に減少傾向にある。一方、一般労働者 3は、所定内労働時間はほぼ横ばいで、所定外労働時間は26年度に増加した後に横ばいで推移している。 労働時間の多寡は経済動向や企業内の要員構成等にも左右されるため一概には断定できないが、働き方改革として「長時間労働の是正」がテーマとして取り沙汰されているものの、直近5年間において一般労働者の労働時間の減少は目に見えて生じているとは言い難い。

図表1:労働時間指数の推移
(出所):「毎月勤労統計調査 平成30年分結果確報」(厚生労働省 2019年2月)をもとに、MURCが作成

1 常用労働者とは、➀期間を定めずに雇われている者、②1か月以上の期間を定めて雇われている者のいずれかに該当する者
2 パートタイム労働者とは、常用労働者の内、➀1日の所定労働時間が一般の労働者より短い者、②1日の労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者よりも少ない者のいずれかに該当する者
3 一般労働者とは、常用労働者のうち、パートタイム労働者以外の者

2. 「長時間労働の是正」に関する行政及び経済界の取組み

 行政は、働き方改革関連法案の中で、ワーク・ライフ・バランスと多様で柔軟な働き方を実現するために要素の一つとして「長時間労働の是正」を位置付けている。働き方改革関連法案の内、労働時間法制の改定は次の7つであり、施行期日は原則として2019年4月1日 4とされている。

図表2 見直しの内容
残業時間の上限を規制します
「勤務間インターバル」制度の導入を促します
1人1年あたり5日間の年次有給休暇の取得を、企業に義務付けます
月60時間を超える残業は、割増賃金率を引上げます(25%→50%
 ▸中小企業で働く人にも適用(大企業は平成22年度~)
労働時間の状況を客観的に把握するよう、企業に義務付けます
 ▸働く人の健康管理を徹底
 ▸管理職、裁量労働制適用者も対象
「フレックスタイム制」により働きやすくするため、制度を拡充します
 ▸労働時間の調整が可能な期間(清算期間)を延長(1か月→3か月)
 ▸子育て・介護しながらでも、より働きやすく
専門的な職業の方の自律的で創造的な働き方である「高度プロフェッショナル制度」を新設し、選択できるようにします
 ▸前提として、働く人の健康を守る措置を義務化(罰則つき)
 ▸対象を限定(一定の年収以上で特定の高度専門職のみが対象)
(出所)「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて」(厚生労働省 2019年1月)

 上記を見ると、今回の法制改定は、労働時間・残業時間の削減を目的とした規制(No➀~④)、労働時間・残業時間の適正管理を目的とした規制(No.⑤)、生産性向上を目的とした規制(No.⑥、⑦)に分類することができる。このうち、労働時間・残業時間の削減を目的とした規制(No.➀~④)が、「長時間労働の是正」に直接的に影響がある改正といえる。
 この取組みは、労働時間・残業時間自体に規制がかかるため、単純に“削減する”ことの効果は期待できる。しかし、業務の量や質が既存のままでは、社員にとっては負担が増加することは想像に難くない。例えば、業務に最低限必要な時間が確保できないことによる業務ミス・納期遅れ等により手戻りやトラブル対応が発生するケースや、こなすべき業務を完了せずに帰宅せざるを得ず、そのしわ寄せとして管理職に負担がかかるケースなどが増加することが懸念される。

 厚生労働省 5も、労働時間法制の改定とともに「意識改革」、「非効率な業務プロセスの見直し」、「取引慣行の改善」が必要な旨を謳っている。「長時間労働の是正」を促進するためには、これらのテーマに対する問題把握と取組みが重要となる。
 「取引慣行の改善」について、一企業の問題として捉えるには限界がある。この点、一般社団法人 日本経済団体連合会は、「長時間労働につながる商慣行の是正に向けた共同宣言 6」の中で、「長時間労働につながる商慣行の是正、ひいては、サプライチェーンに関わる誰もが働きやすい職場環境」の整備を経済界が一丸となって取組むよう呼びかけている。

 一方、「意識改革」と「非効率な業務プロセスの見直し」は、企業内部の課題としての側面が強い。次章以降では、企業の実践・取組み事例を通じて、企業内部でこれらの課題に対する施策をどのように実行すべきか述べる。

4 中小企業における残業時間の上限規制は2020年4月1日、中小企業における月60時間超の残業の割増賃金率引上げの適用は2023年4月1日
5「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて」(厚生労働省 2019年1月)
6「長時間労働につながる商慣行の是正に向けた共同宣言」(一般社団法人 日本経済団体連合会ホームページ(http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/071.html) 2017年9月22日))

3. 企業の実践・取組み事例

 「長時間労働の是正」に向けた企業の実践・取組み事例は枚挙にいとまがない。他社の実践・取組み事例を参考にする際には、事例の性質を理解して、自社の状態に合わせた施策を行うことが肝要である。 ここでは、一般社団法人 日本経済団体連合会の調査を通じ、「意識改革」や「非効率な業務プロセスの見直し」を含む企業の実践・取組み事例の性質を解説する。

図表3 長時間労働の是正と生産性向上に向けた取組み事例
項目 内容
現業部門 「過重労働防止の為のガイドライン」を定め、時間外労働明示の仕組みの明確化や、要因分析・対策を実施
全社を挙げたゼロベースの仕事の棚卸による時間創出(無駄な業務の洗出し)
時間当たり労働生産性の評価を給与に反映
休暇取得計画表を作成し、全員が休暇予定を共有し、見える化を実施
業務のローテーション等による多能工化の推進
管理部門 創意工夫して残業時間を短縮したなど、働き方改革に貢献が認められた作業所を表彰
テレワーク、モバイルワーク、シフトワークなど、時間や場所に捉われない柔軟な働き方の積極実施、全社推進
社内会議の削減・集約、打合せ資料の見直し(ペーパレス化)
変形労働時間制を活用し、決算など繁忙期への対応
ノー残業デー・プレミアムフライデーの実施
(出所)「2018年労働時間等実態調査集計結果」(一般社団法人 日本経済団体連合会2018年7月)

 調査結果に挙げられた実践・取組み事例の内、“ガイドラインの策定”、“時間外労働明示の仕組みの明確化”、“休暇予定の共有・見える化”、“ノー残業デー・プレミアムフライデーの実施”は、「意識改革」に関する側面が強い施策といえる。なぜならば、これらの施策は長時間労働に対する社員一人ひとりの意識やモラル向上を図る手段として重要だからである。

 「意識改革」に関する施策は、ソフト面に関する施策に分類できる。ソフト面に関する施策を実行することは比較的容易であるものの、社員の意識変化という効果は見えづらい。目的達成には時間を要するため、施策の目的や趣旨を社員に十分理解させながら継続的に実施し、一過性の取組みにならないよう留意しなくてはならない。
 また、“時間外労働の要因分析・対策の実施”、“仕事の棚卸による時間創出”、“社内会議の削減・集約”、“ペーパレス化”、“業務のローテーション等による多能工化”、“テレワーク等の柔軟な働き方や変形労働時間制の活用”は、「非効率な業務プロセスの見直し」に関する側面が強い施策といえる。また、これらの施策は「労働時間削減・生産性向上」を目的としたものと、「社員間・一定期間内の業務標準化」を目的としたものとがある。

 「非効率な業務プロセスの見直し」に関する施策は、ハード面に関する施策に分類できる。ハード面に関する施策は業務効率化という効果が見えやすく、長時間労働是正への影響は直接的で大きい。しかし、施策を実行する上で業務内容の変更を伴うことが多く、実行のハードルが高い。そのため、入念に現状を分析して効果的な打ち手を選択し、PDCAを回しながら施策を進めるなど分析的で計画的な取組みが求められる。
 また、調査結果では、施策結果を評価・給与へ反映させたり、表彰したりする取組みも挙げられている。これらは、効果測定の機能に留まらず、インセンティブによって社員のモチベーションを高める機能を持ち、施策の実行性を更に高める手段として期待される。
 なお、「非効率な業務プロセスの見直し」に関する取組みとして、近年はIoT、AI、RPA等の最新テクノロジーの導入の検討が大企業を中心に進んでいる。前述の一般社団法人 日本経済団体連合会の調査結果 7によると、従業員数300人~1,000人未満の企業においては“すでに導入し、運用している”(12.4%)、“現在、試験導入を行っている”(13.3%)、“現在、導入に向けた検討を行っている”(36.2%)の合計が61.9%と、回答企業の過半数が導入に前向きな姿勢を示している。また、従業員数5,000人以上では同合計は93.2% 8まで上昇する。この通り、初期費用・運用費用等に関して体力のある大企業ほど導入に前向きな状況が伺える。

7「2018年労働時間等実態調査集計結果」一般社団法人 日本経済団体連合会(2018年7月)
8 内訳は次の通り。“すでに導入し、運用している”:34.1%、“現在、試験導入を行っている”:28.4%、“現在、導入に向けた検討を行っている”:30.7%

4. 企業タイプに応じた取組み施策の選び方

 ソフト面及びハード面に関する施策の性質を踏まえた上で、企業はどのように取組み施策を選ぶべきか。
 まず、施策実施状況に問題があるケースでは、長時間労働是正の影響が直接的で大きいハード面の施策を優先して実行することが推奨される。具体的には、現時点で「長時間労働の是正」に関して施策を何も取組んでいない企業や、施策には取組んでいるものの取組みが軽微な企業がこのケースにあたる。このような企業は、何から取組めばよいかわからない、施策の効果に懐疑的であるなどの問題を抱えていることが想定される。そのため、取組む内容がわかりやすく、施策の効果が直接的な取組みを始めることで、継続的に長時間労働の是正を進めることができる。

 次に、施策を実行する人や職場に問題があるケースでは、ソフト面の施策を実行することが推奨される。具体的には、ハード面の施策を実行しPDCAも回しているがうまく効果が得られていない企業や、管理職の考え方や職場の風土が明らかに長時間労働を助長しているような企業がこのケースにあたる。このような企業は、管理職や先輩社員の時間管理意識が乏しい、成果ではなく業務にかけた時間が評価されるなどの問題を抱えていることが想定される。そのため、意識改革を促すことで、社員一人ひとりの意識を効率的な働き方に向けることが重要となる。
 また、企業の中には、施策を実行する仕組みに問題があるケースもある。具体的には、ハード面に関する施策に取組んでいるがうまく効果が得られていない企業がこのケースにあたる。このような企業は、PDCAの機能がうまく整っていないなどの問題を抱えていることが想定される。そのため、効果検証や検証結果を施策へ反映させる機能を仕組み化することで、施策の達成度合いを測定して修正箇所を明確化し、より実効性の高い施策へと改善することができる。
 なお、これらの施策を実行するにあたっては、実行主体を明確にすることも重要である。「長時間労働の是正」は、経営・人事部門・事業部門・社員といった多様な階層の課題と捉えることができる。施策を実行する際の主体は多岐に渡る可能性があるため、責任の所在が不明確にならないよう注意することが求められる。
 中でも具体的な取組みを推進する場面では、人事部門が中心となるケースが多い。多くの企業が就労管理に関する取組みに着目しがちであるが、人事制度を見直すことも長時間労働の是正に影響を及ぼすことができる。

 例えば、業務改善の具体的な取組みを直接評価したり、生産性指標に関するKPIを設定して評価制度に連動させたりするなど人事制度を通じて施策の効果を検証することも一案である。評価結果は報酬へ反映させることもできるため、社員へのインセンティブ効果を持たせることも可能である。また、人事制度をより成果重視の制度に再構築することで、成果を検証するプロセスを仕組み化するとともに、管理職や職場の意識改革を促すこともできる。
以上のように、ハード面及びソフト面に関する施策をより機能的にするために、人事制度の見直しに関する施策は有効な手段の一つであるといえる。

図表4 ケース類型ごとの施策実施方針と施策例
類型 施策実施方針 施策実施方針
ケース1:施策実施状況に問題があるケース
  • 長時間労働是正へ直接的に影響が大きい「労働時間削減・生産性向上」、「社員間・一定期間内の業務標準化」に関する施策を実行する
  • 事務手続き・承認業務フロー等の見直しによる業務効率化
  • 同一部門・前後工程における複数業務ローテーションによる多能工化
ケース2:施策を実行する人や職場に問題があるケース
  • 実行主体の「意識改革」を促す施策を実行する
  • ノー残業デー・有給取得促進等のインフラ整備
  • ワークショップの開催
  • 成果重視の人事制度再構築
ケース3:施策を実行する仕組みに問題があるケース
  • 効果検証・改善機能を仕組み化し、PDCAサイクルを整える
     ▸前提として、働く人の健康を守る措置を義務化(罰則つき)
  • 時間外労働削減に関するKPIの設定
  • 生産性指標に関するKPIの設定
  • 各種KPIと評価制度の連携