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コラム

70歳雇用時代を見据えた企業の対応策

2018 年12 月4 日

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルタント石原 有希

 少子高齢化が進む日本において労働力の確保は社会的課題であるが、対策の一つとして注目されており今後更に議論が進展すると想定されるテーマが「シニア世代(本稿では60歳超の従業員を指す)の活用」である。
 既に法制化されている65歳までの雇用に続き今後やってくるであろう70歳雇用時代に向け、先行する事例を交えながら企業が今から準備すべきポイントを解説する。

1. シニア世代活用の動向

 2018年8月、人事院が国会と内閣に国家公務員の定年年齢を段階的に引き上げることについて申し入れ、国会公務員の定年年齢は2032年までに65歳に引き上がることとなった。また、2018年10月に開かれた未来投資会議(第20回)では企業や団体が希望する従業員を70歳まで雇用する制度について、法整備に向けた検討方針が示された。

 70歳雇用の対象となる高年齢層の意識も、就業に対して前向きな傾向が見られる。60歳以上を対象として就労希望年齢を聞いた調査結果 1では、28.9%の人が「健康なうちはずっと働きたい」と回答しており、また「70歳くらいまで」と回答した人(16.6%)は「65歳くらいまで」と回答した人と同率である。

 このような政府のシニア世代活用の推進や就労者の前向きな意識に対し、企業経営の現場では必ずしも取り組みが進んでいるとは言えない。厚生労働省の調査 2によると、65歳までの継続雇用確保措置の実施状況は99.7%であるものの、その内訳として「定年制の廃止」または「定年の引上げ」を行っている企業は19.7%となっている。更に「希望者全員66歳以上の継続雇用制度を導入している企業」は5.7%にとどまる。

 企業にとっては採用難の現状もあり労働力の確保は重要事項であるが、組織の新陳代謝に与える影響、人件費の上振れ、加齢に伴う身体機能の低下や健康状態の悪化に関する個人差への対応などシニア世代の活用には課題も多い。

1『平成26年度 高齢者の日常生活に関する意識調査』(2015年、内閣府)
2 『平成29年「高年齢者の雇用状況」』(2017年、厚生労働省)


2. 70歳までの雇用制度を導入している企業事例

 企業におけるシニア世代の活用については、労働力の確保だけでなくこれまでに培った知見・経験・人脈を活かすというメリットもある。前述の通り65歳雇用についてはほぼすべての企業で対応しているが、既に70歳までの雇用機会を確保している企業でその旨をニュースリリースという形で発信している3社を紹介する。


(表)70歳雇用制度の導入企業事例

企業名 東急リバブル株式会社
業種 不動産業
制度概要
(ニュースリリースより抜粋
 『キャリアエキスパート再雇用制度』は、現行の定年再雇用制度の上限年齢である65歳をもって雇用期間が満了となる社員のうち、本人に継続勤務の意志があり、且つ職務実績や将来貢献への期待などの社内基準を満たす者を70歳までの最長5年間、契約社員として当社で直接雇用する制度です。
 定年後のライフスタイルが多様化する中、新しい選択肢を提示することで社員の生活設計への支援を図るとともに、シニア社員が持つ豊富な知識・スキル・人脈等を継続的に活用することで、全社の生産性の向上を目指してまいります。

(出所)東急リバブル株式会社ニュースリリース(2014年3月20日発行)


企業名 太陽生命保険株式会社
業種 保険業
制度概要
(ニュースリリースより抜粋)
■70歳まで働ける継続雇用制度の導入
65歳の定年退職後、最長70歳まで嘱託社員として働ける継続雇用制度を導入します。これにより、長年培ったキャリアを活かし、高い意欲を持って長く元気に働ける環境を実現いたします。

(出所)太陽生命保険株式会社ニュースリリース(2017年2月2日発行)


企業名 株式会社ジャックス
業種 金融業(クレジット)
制度概要
(ニュースリリースより抜粋
■エルダー社員制度(65歳超の雇用延長制度)概要
65歳で雇用満了を迎えるシニア社員・契約社員のうち、一定条件を満たした場合に最長70歳までの勤務を可能とする雇用制度。
雇用形態:契約社員
雇用期間:1年とし、業務遂行度や健康状態等から会社が認めた場合1年毎の契約更新を行う。
勤務形態:①フルタイム勤務 ②ゆとり勤務(短時間・シフト)から本人が選択

(出所)株式会社ジャックスニュースリリース(2018年8月22日発行)


 前述の事例からは70歳までの雇用制度として、「65歳定年に5年間の継続雇用を付加する方法」と「60歳定年に5年間の継続雇用と更に5年間の延長を可能とする方法」が見られる。65歳から70歳までの雇用に関して3社で共通しているのは、知見、経験など長年培ったキャリアを活かして就労してもらうという目的と、実績・意欲・健康状態などを考慮した有期契約という雇用形態である。

 「知見、経験などのキャリアの活用」は従来の65歳までの雇用と同様の活用目的であり、シニア世代が中心となって若手層の育成や技術・技能伝承を実施するほか、企業によってはシニア向けの商品やサービスの開発に活用する例もある。

 「業績・意欲・健康状態など」は個人差が大きく、雇用契約開始時とその後で状況が変わることもある。特に健康状態については、契約時には元気だった従業員が健康上の理由によりこれまでの就業を継続できない状態になる場合が想定される。従って、有期契約社員として雇用し個別事情を勘案しながら翌年の雇用を判断するやり方が、実務では運用しやすい。株式会社ジャックスでは、シニア社員がフルタイムと短時間のいずれかの勤務時間を選択できる制度を用意している。企業が複数の就労条件を提示し対象者が選択する雇用制度は、就業ニーズや個人を取り巻く環境が多様なシニア世代にとって有用な制度となる。

3. 70歳雇用を見据えた企業における準備ポイント

 70歳雇用を見据えた企業の対応策として特に留意すべき点は、「企業としてのシニア世代の活用方針の明確化」と「シニア世代の個別事情に応じた柔軟な対応」である。

 社内の業務ごとに必要な知識・スキル・経験・人脈などを整理し、シニア世代を適材適所の配置で雇用することができれば、企業はシニア世代を能動的かつ効果的に活用することができる。また既存の社内業務のみに着目するのではなくシニア世代のキャリアを活かせる新しい業務を創出することや、自社内に留まらずグループ会社や取引先などを含む関係会社で雇用機会を創出することなども、シニア世代の活用方針を具体化する上で視野を広げるポイントとなる。

 65歳までの雇用以上に70歳までの雇用において重視される点としては、個別事情に柔軟に対応できる雇用制度を整備することが挙げられる。更には70歳までの長期雇用を見据え従業員全体が健康で高い意欲を持続するための施策を実施する(健康経営 3など)ことも一考である。

 このようにシニア世代の活用目的の明確化と個別事情に合わせた柔軟な働き方の整備が、「健康で活躍できるうちは働いてもらいたい(働きたい)」という企業と従業員のニーズを円滑に実現するためのカギになる。人事部門が経営層や就業部署と協議を重ね、シニア世代の活用方針と複数の働き方を検討することが、今後の備えとして一層重要となる。

3 『「健康経営」とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること』
(経済産業省 HP(http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html)より)