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コラム

企業におけるハラスメントの影響とその防止策

2018 年8 月2 日

コンサルティング事業本部組織人事ビジネスユニット組織人事戦略部

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルタント増田 あやか

近年、ハラスメントが社会問題化し、マスメディアに複数件が取り上げられている。報道の際には加害者の行為だけでなく、ハラスメントが起きた背景にある組織内の慣習や人間関係にも言及される。加害者個人の責任だけでなく、防ぐことができなかった組織全体の責任も問われるのである。本稿ではハラスメントが企業に与える影響を改めて確認した上で、防止策について企業事例を交えながら解説する。

1. ハラスメントが企業に与える影響

 企業において一般に多く聞かれるのが「セクシュアルハラスメント」「パワーハラスメント」である。また、結婚・妊娠・出産後も就業継続をする女性が増えたことにより、「妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント」(通称:「マタニティハラスメント」)という言葉も、広く知れ渡りつつある。厚生労働省は2017年のパンフレットでは、表1の通り定義している。

 それぞれの定義には、労働者の「就業環境が害されることラスメントに該当すると説明があり、行為者の言動の意図に関わらず受け手の心証によってはハラスメントになり得る。そのため、人間関係のなかで様々な利害が存在する企業組織では、日常的なコミュニケーションのなかにハラスメントの発生リスクが常に潜んでいる。


(表1)職場におけるハラスメントの定義

区分 定義
職場におけるセクシュアルハラスメント 職場において行われる、労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されること。
職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれる。また、被害を受ける者の性的指向(人の恋愛・性愛がいずれの性別を対象とするか)や性自認(性別に関する自己意識)にかかわらず、性的な言動であれば、セクシュアルハラスメントに該当する。  
職場におけるパワーハラスメント 同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えられたり、職場環境を悪化させられる行為。
身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害が挙げられる。
職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント 職場において行われる上司・同僚からの言動(妊娠・出産をしたこと、育児休業等の利用に関する言動)により、妊娠・出産した女性労働者や育児休業等を申出・取得した男女労働者等の就業環境が害されること。

(出所)『職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント対策やセクシュアルハラスメント対策は事業主の義務です‼』(2017年、厚生労働省)

 ハラスメントは被害者個人の身体・精神を傷つけるだけではない。企業に対しても悪影響を与える。具体的には、被害者や周囲の社員が苦痛を受けることでモチベーションや生産性が低下する。また、組織内の人間関係の悪化やそれに起因した退職リスクが生じる。そして、訴訟へと問題が発展すれば、その対応に時間や費用をかけることになる。さらに、自社のハラスメントの存在が報道などによって社会に知られるようになれば、企業のイメージダウンは必至であり、売上や採用競争力等が低下する。

2. 企業のハラスメント防止策

 企業の中には、組織全体でハラスメントに向き合うことの重要性を理解して、取組みを進めている企業もある。さらには、CSR(企業の社会的責任)のなかで、社外に向けて取組み内容を開示している企業もある。ここでは三越伊勢丹グループと鹿島建設の事例を紹介する。


(表2)ハラスメント防止策の企業事例

企業名 三越伊勢丹グループ
(持株会社である三越伊勢丹ホールディングスと国内外の子会社で構成)
業種 小売業
取組み内容
(企業HPより抜粋)
三越伊勢丹グループでは、職場の環境整備と生産性向上のための重要な課題の一つとして「しない・させない・みすごさない」をスローガンに、ハラスメント防止の徹底を図っています。
グループ各社で働くすべての従業員に対して、ハラスメントについて記載した冊子「ストップ・ハラスメント」を配付しているほか、各種社内研修時にハラスメント防止カリキュラムを実施。特に管理職・マネージャー職に対しては、「指導とパワー・ハラスメントの違い」「ハラスメントとメンタルヘルス不全との関係」など知識の共有やマネジメント上の問題をサポートしています。
また、外部カウンセラーによる「ハラスメント・ホットライン」の開設や、労使による「ハラスメント防止対策委員会」を設置し、万一ハラスメントが発生した場合にも、公正かつ迅速に問題解決ができる体制を整え、周知徹底しています。
企業名 鹿島建設株式会社
業種 建設業
取組み内容
(企業HPより抜粋)
セクシュアルハラスメント・パワーハラスメント防止の活動としては、基本方針を定め、社外講師による防止研修会、ビデオ教材による教育、人権研修会、管理者研修などの意識改革プログラムを導入しています。 また、鹿島の事業により人権に影響を及ぼされた場合、従業員用には、本社ならびに各支店に企業倫理通報窓口とハラスメント相談窓口を設けているほか、社外の専門業者に電話で相談することもできます。従業員は匿名での通報・相談が可能であり、通報・相談のあった内容及び個人情報は、機密情報として取り扱われます。
社外のステークホルダーからは、お問い合わせ窓口を通じて相談を受け付けています。全ての相談は、相談者に不利益がないよう社内規定に沿って十分注意して事実関係を調査し、解決にあたります。
関係者の人権に十分に行き届いた対応を行うため、管理職以上の従業員に対し、研修を行っています。

(出所)三越伊勢丹ホールディングス:トップページ>CSR・社会貢献>人権(同社ホームページで2018年7月確認)
    鹿島建設:ホーム>CSRの取組み>【要素Ⅱ】働くことに誇りを持てる会社>雇用と人材育成(同社ホームページで2018年7月確認)

 2社の防止策に共通しているのは、スローガン・基本方針を定めていることや、研修でハラスメントを取り扱っていること、相談窓口を設置していることである。そして、社内だけでなく外部の専門家と連携体制をとっているのが特徴である。この理由は、「外部」として加害者と繋がりがなく、社内の組織に先入観を持たない人物に社員が相談できるため、その上「専門家」として適切な相談の受け方ができるためであろう。そしてこの連携は、企業にとっても次の2点から有効であると考えられる。1点目は、社員が相談のしやすさを感じて早期に窓口に相談すれば、企業として早期にハラスメント発生のリスクを把握できるという点である。2点目は、専門家が被害者と加害者に中立的な立場でヒアリングをするので、企業は偏りのない情報が得られるという点である。偏りのない情報は、企業がハラスメントの真偽や程度を公正に判断するために有益となる。

※厚生労働省は2017年のパンフレットで企業の防止策について記している。
「職場におけるハラスメントを防止するために、事業主が雇用管理上講ずべき措置が、厚生労働大臣の指針に定められています。
事業主は、これらを必ず実施しなければなりません(実施が「望ましい」とされているものを除く)。」

(出所)『職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント対策やセクシュアルハラスメント対策は事業主の義務です‼』(2017年、厚生労働省)

3. 企業に求められる姿勢

 昨今では日本企業の人事管理において「ダイバーシティ(多様性)」という言葉が浸透しつつある。人材の多様化とともに社員の価値観も多様化する中では、従来のように「何も言わずとも全員が同じ思いを持って同じように働く」という状態が成立しなくなる。例えば、就労時間に制約がある社員とない社員では仕事の優先度や進め方が異なるだろうし、日本人と外国人ではビジネスコミュニケーションで常識と思っていることが異なる可能性がある。こういったことを上司が理解しようとせずに、自らの考えをそのまま部下に押し付けるようなことが、ハラスメントの一因となり得る。多様な人材の活躍を推進している企業は、多様化によって新たに起こる職場のコミュニケーションやトラブルを推し量りながらハラスメント予防策を考えておくと良いだろう。